寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 お決まりの文句を返すと、リーゼロッテは仕方ないという顔をした。それからふわりとやさしい笑みをこぼす。その顔を見て、ジークヴァルトの瞳が眩しそうに細められた。

 彼女はいろんな顔を見せてくる。笑顔も、怒った顔も、泣き顔も。そのすべてがこの世界に色を与えてくれる。

 もし彼女を失ったとしたら、きっとすべてが何の意味も持たなくなるのだろう。そんなことを思って、ジークヴァルトはふっと笑った。

 ーー今、目の前に彼女がいる

「それだけで十分だ」

 小さくつぶやかれた言葉に、リーゼロッテは不思議そうに首をかしげた。そんな様子を愛おしそうに眺め、ジークヴァルトは再びその頬に指を滑らせていく。

『それでヴァルトが名前を呼ばなかった理由なんだけど……』
「うるさい、お前は黙れ」
「でもそのお話、わたくし詳しく聞きたいですわ」
「いい、聞かなくていい」
「ですが」
「駄目だ。忘れているなら思い出さなくていい」
『えー、聞きたいって言うんだからいいじゃない』
「ハルト様のおっしゃる通りですわ」
「いや駄目だ却下だ、ハルトはそれ以上言うな。リーゼロッテ、お前もわざわざ聞かなくていい」
「横暴ですわ、ヴァルト様」
『横暴だよね、ホント、ヴァルトは』
「うるさい、とにかく駄目だ」
「え? あっ、きゃあ!」

 いきなりリーゼロッテを(かか)え上げると、ジークヴァルトはその場から逃げるように駆けだした。周囲にいた者はぽかんとその場に取り残される。

『ヴァルト、ほんと、よかったね』

 誰にも届かない声で、守護者(ジークハルト)だけがひらひらとふたりに手を振った。


 リーゼロッテを抱えたジークヴァルトが、公爵家の呪いを発動させながら屋敷の廊下を駆けていく。

 使用人が呆気にとられる中、廊下をひっくり返して進むふたりの後ろを、きゅるるん小鬼がご機嫌で飛び跳ねる。少し遅れたカークが、この珍妙な行列を、慌てたように追いかけていった。

 この後、憤死(ふんし)寸前のマテアスに、ジークヴァルトが盛大に(しか)られたのは言うまでもない。




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