転生幼女はハイスペ父たちに、これでもかと溺愛されてます
プロローグ
「ここで、待つの?」
私が御者に尋ねようと後ろを振り返った時には、馬車は一目散に逃げ出していた。
私はまだ6才の幼女なのだ。しかも礼儀作法にうるさい侯爵家の令嬢だ。それなのに侍女も付けてもらえず一人、草原に置き去りにされてしまったのだった。
しかも、私の目の前には【竜大公ディルドマーク】が支配する“闇の門・シュバルツトワ”と恐れられる、大森林が広がっていた。
「逃げ足が速い。うん、よかった」
自分を乗せてきた侯爵家の馬車が、土埃を上げて遠ざかるの眺めながら、私はほっと一安心する。
「あの、イヤーな家族からほんとに逃げられたのね!やったね!わたし……!!」
喜びのあまり頭にかぶった黒いリボンのついた帽子を、思い切り高く放り投げる。
「さあっ!ここからが私の本当の人生のスタートよ!」
芽吹いたばかりの若草色の瞳を輝かせて、昼下がりの青空を見上げる。
その空には鷲のような大きな鳥が、ゆったりと舞っていた。
「これで私が邪竜の生贄でなければなあ……。のんびりここでお弁当でも広げるのに……」
私は残念でたまらない。それでも周囲を見回すと、足元に置いた鞄に目を止めた。
その中には数日分の着替えとサンドイッチ、そして大切な宝物が入っていた。
「だけどそのおかげで、予定より早くあの屋敷から自由になれたんだから、贅沢を言っちゃダメだね」
私はそう呟くと、黒いワンピースの裾を両手でつまんで草の上に座り込む。
「竜のお迎えが来る前にまずは腹ごしらえをして……。待て待て、その前に、と……」
鞄から小さな籐細工のお弁当箱を取り出しながら、大事なことを思い出した。
お弁当箱を膝に乗せ、滑り落ちないように左手で押さえながら、がさごそと右手で鞄の底を探る。
そして、ぱちんと小さな留め具を親指で外した。
「この鞄が二重底になっているとは、お母様もお姉様も気づかなかったよね」
この鞄も、帽子も服もすべて姉のネリーのお下がりだ。そもそもこの服は喪服だし、鞄は底が抜けていた。
そのおんぼろ鞄を二重底に改造したのは、何を隠そうこの私だ。
「途中で私が逃げ出さないように、屋敷から金目の物を持ち出したか、鞄の中まで侍女たちに調べさせていたけど、この仕掛けはわからなかったみたい」
ふんふんと鼻歌交じりで鞄の仕掛けからお目当ての宝物を取り出した。
「これさえあれば、未来は薔薇色だね!」
意気揚々と両手で広げたものは、画用紙に描かれた絵だった。
赤色や青色など、色とりどりのクレヨンで描かれた数十枚の絵は、四つ折りにして鞄の二重底に隠して侯爵邸から持ち出したものだ。
「前世の知識が消えないうちに、宝箱の在処をすべて描き上げたもんね!我ながら最高傑作だよ!!」
私は自信満々だ。家族は絵心がないなどというがこんな立派な絵は世界中探してもないのだ。
宝の地図はどう見ても何が何だかわからない、単なる子どもの悪戯書きである。
それだから、いいのだ。
「このゲーム、タイトルと細かいストーリーは思い出せないのに、地名と宝物の隠し場所はバッチリ覚えているなんて、さすが私だね!」
私は興奮気味にほっぺたを紅潮させ、自画自賛した。だって生まれてこの方、誰も褒めてくれないんだもの。
地図にはミミズがのたくったような下手な文字で書かれた地名と、赤いバツ印が所々に大きく書き込まれている。
「ほほう、これは素晴らしい。お嬢様は大変な画才をお持ちなのですね」
「……!?」
私は突然背後から声をかけられて、危うく膝からお弁当箱を落とすところだった。
「どなたかしら?」
だがそこは侯爵令嬢。
威厳を保ちつつ、落ちついた物腰で尋ねる。
もちろん顔は前方に向けたまま、宝の地図だけは膝に下ろしてゆっくりと折りたたむ。
何があっても、これだけは他人に奪われるわけにはいかない。
すぐに走って逃げられるように警戒しながら、相手の出方をうかがう。
本当は驚きのあまり心臓はドキドキと早鐘を打ち、危うく悲鳴を上げるところだったのだ。
「これは失礼いたしました。ジェマ・ロレーヌ様」
声の主は素早く私の前に進み出ると、うやうやしく一礼した。美しいプラチナブロンドが微風になびく。顔をわずかに上げた男は、私によく似た若草色の瞳を柔らかく細めた。
「わたくしは竜大公ディルドマークの直属騎士団、竜騎士団長のアーロン・クライスルと申します。大公殿下の命により、お嬢様をお迎えに参りました」
とうとう来たわね、竜のお迎え――――。
私は画用紙をぎゅっと両手で握りしめると、小さく身震いした。
私が御者に尋ねようと後ろを振り返った時には、馬車は一目散に逃げ出していた。
私はまだ6才の幼女なのだ。しかも礼儀作法にうるさい侯爵家の令嬢だ。それなのに侍女も付けてもらえず一人、草原に置き去りにされてしまったのだった。
しかも、私の目の前には【竜大公ディルドマーク】が支配する“闇の門・シュバルツトワ”と恐れられる、大森林が広がっていた。
「逃げ足が速い。うん、よかった」
自分を乗せてきた侯爵家の馬車が、土埃を上げて遠ざかるの眺めながら、私はほっと一安心する。
「あの、イヤーな家族からほんとに逃げられたのね!やったね!わたし……!!」
喜びのあまり頭にかぶった黒いリボンのついた帽子を、思い切り高く放り投げる。
「さあっ!ここからが私の本当の人生のスタートよ!」
芽吹いたばかりの若草色の瞳を輝かせて、昼下がりの青空を見上げる。
その空には鷲のような大きな鳥が、ゆったりと舞っていた。
「これで私が邪竜の生贄でなければなあ……。のんびりここでお弁当でも広げるのに……」
私は残念でたまらない。それでも周囲を見回すと、足元に置いた鞄に目を止めた。
その中には数日分の着替えとサンドイッチ、そして大切な宝物が入っていた。
「だけどそのおかげで、予定より早くあの屋敷から自由になれたんだから、贅沢を言っちゃダメだね」
私はそう呟くと、黒いワンピースの裾を両手でつまんで草の上に座り込む。
「竜のお迎えが来る前にまずは腹ごしらえをして……。待て待て、その前に、と……」
鞄から小さな籐細工のお弁当箱を取り出しながら、大事なことを思い出した。
お弁当箱を膝に乗せ、滑り落ちないように左手で押さえながら、がさごそと右手で鞄の底を探る。
そして、ぱちんと小さな留め具を親指で外した。
「この鞄が二重底になっているとは、お母様もお姉様も気づかなかったよね」
この鞄も、帽子も服もすべて姉のネリーのお下がりだ。そもそもこの服は喪服だし、鞄は底が抜けていた。
そのおんぼろ鞄を二重底に改造したのは、何を隠そうこの私だ。
「途中で私が逃げ出さないように、屋敷から金目の物を持ち出したか、鞄の中まで侍女たちに調べさせていたけど、この仕掛けはわからなかったみたい」
ふんふんと鼻歌交じりで鞄の仕掛けからお目当ての宝物を取り出した。
「これさえあれば、未来は薔薇色だね!」
意気揚々と両手で広げたものは、画用紙に描かれた絵だった。
赤色や青色など、色とりどりのクレヨンで描かれた数十枚の絵は、四つ折りにして鞄の二重底に隠して侯爵邸から持ち出したものだ。
「前世の知識が消えないうちに、宝箱の在処をすべて描き上げたもんね!我ながら最高傑作だよ!!」
私は自信満々だ。家族は絵心がないなどというがこんな立派な絵は世界中探してもないのだ。
宝の地図はどう見ても何が何だかわからない、単なる子どもの悪戯書きである。
それだから、いいのだ。
「このゲーム、タイトルと細かいストーリーは思い出せないのに、地名と宝物の隠し場所はバッチリ覚えているなんて、さすが私だね!」
私は興奮気味にほっぺたを紅潮させ、自画自賛した。だって生まれてこの方、誰も褒めてくれないんだもの。
地図にはミミズがのたくったような下手な文字で書かれた地名と、赤いバツ印が所々に大きく書き込まれている。
「ほほう、これは素晴らしい。お嬢様は大変な画才をお持ちなのですね」
「……!?」
私は突然背後から声をかけられて、危うく膝からお弁当箱を落とすところだった。
「どなたかしら?」
だがそこは侯爵令嬢。
威厳を保ちつつ、落ちついた物腰で尋ねる。
もちろん顔は前方に向けたまま、宝の地図だけは膝に下ろしてゆっくりと折りたたむ。
何があっても、これだけは他人に奪われるわけにはいかない。
すぐに走って逃げられるように警戒しながら、相手の出方をうかがう。
本当は驚きのあまり心臓はドキドキと早鐘を打ち、危うく悲鳴を上げるところだったのだ。
「これは失礼いたしました。ジェマ・ロレーヌ様」
声の主は素早く私の前に進み出ると、うやうやしく一礼した。美しいプラチナブロンドが微風になびく。顔をわずかに上げた男は、私によく似た若草色の瞳を柔らかく細めた。
「わたくしは竜大公ディルドマークの直属騎士団、竜騎士団長のアーロン・クライスルと申します。大公殿下の命により、お嬢様をお迎えに参りました」
とうとう来たわね、竜のお迎え――――。
私は画用紙をぎゅっと両手で握りしめると、小さく身震いした。

