アパレル店員のお兄さんを【推し】にしてもいいですか?

約束

 「じゃあなー」
夜、友達と遊んでいた律が帰っていると
「あ」
偶然、仕事終わりの一優に会った。
「こんばんは」
挨拶をして立ち去ろうとする一優を
「ちょっといいっすか?」
律が呼び止めた。

 近くの公園で話す2人。
「面倒なんで、タメ口でいいですか?」
「好きにして」
「あのさ、さゆと遊びで付き合ってるなら、別れてほしいんだけど」
「遊びじゃないし、振られない限り別れるつもりもないよ」
「一回りも下の子に夢中なんだね。夢中なわりにさゆが高校生だから、どうせまだ手出してないんだろ?」
「だったらなに?やることしか考えてない学生とは違うから」
「そんな中途半端なことするなら、そもそも付き合うのがおかしくない?」
「…そうだね」
「あんたがさゆに手出すと、ある意味犯罪になるけど、俺が出しても学生同士だから問題ないよな?」
「…。」
「まぁ、初めてキスしたのも、それ以上した相手も俺だから、今さら問題も何もないけど」
律の発言に目を見開く一優。
「世間体気にしてるのか知らねぇけど、さゆのこと不安にさせたり傷つけたりすんなよ。余裕こいてると俺、本気で奪うから。じゃ、失礼します」

 お風呂後、部屋でくつろぐ律。さゆかは律に背中を向けてベットに寝転んでいる。
「さゆー起きてるー?」
「寝てる」
ごそごそとさゆかの布団入る律。
「ちょっと。自分の布団で寝てよ」
「今日寒いんだもん。え、なに。照れてんの?」
「うざ」
「…なぁ、初キスとヴァージン奪ったの怒ってる?」
「いきなりなに。…怒ってないよ」

 中3の夏休み。さゆかがベッドに座りスマホをいじっていると、部屋に入ってきた律が隣に座った。
「なぁ、さゆ」
「んー?」
「元カレとしたことある?」
「なに、急に。…ないけど、まだ中学生だし、してない子多いよ」
「…俺と練習しない?」
「は?何言ってんの、キスとはわけが違うんだよ!?」
「だからだよ。これからお互い誰かとする時、最初がうまくいかなくて、最低な思い出になったら嫌だろ?俺とさゆなら失敗しても気にしないし、トラウマにもならない。初練習の相手にはぴったりじゃない?」
「…。」
さゆかをじっと見る律。少しずつ目線を律に向けるさゆか。そのまま見つめ合いキスをした。
「さゆ、顔赤い」
「うるさい」
「痛かったら止めるから言って」
ゆっくりベットに沈んでいく2人。

 (性に興味を持ち始めた年頃とはいえ、人に言えない大胆なことをしたと思う。りっくんって昔から軽いというか、チャラいというか。それに流される私もいけないけど。ちなみに初キスは小1の時、まだ幼稚園児だったりっくんにされた)
「よかったー。怒ってたり後悔してたら謝ろうと思ってた」
「うそつけ。男の人って、好きじゃなくても抱けるからいいよね。まぁ、私も人のこと言えないけど。もう寝る!おやすみ」
目を閉じるさゆか。
「俺は好きじゃないと抱けない。じゃ、おやすみ」
(え…)
驚き、目を開けるさゆか。

 次の日。夜ご飯を食べ、リビングでテレビを観ているさゆか。少し離れた所に座っていた律が立ち上がる。
「ちょっとコンビニ行ってくる」

 数分後、さゆかに律から連絡がきた。
『財布わすれた。店内いるから持ってきて』
(もぉ、人使い荒いんだから)
 コンビニに着き、店内の律に無言で財布を突き出す。
「お、さんきゅー。持ってきてくれたお礼にコロッケ買ってやるよ」

 公園に寄り、ブランコに座ってコロッケを食べる2人。
「うめぇー。もう一個買えばよかったな」
(この時間に揚げ物とか…太る)
 立ち上がり、食べ終わった包み紙をくしゃっとしたさゆか。
「さゆ、ほっぺに衣ついてる」
「え、どこどこ」
「ここ…」
ちゅ
律が唇にキスをした。
「な…なにすんのっ」
「…なぁ、そろそろ付き合う?」
「そろそろって…。私、彼氏いるし」
「キスしかできない小心者じゃん。さゆのこと誰よりも理解してるのは俺でしょ?それに俺はまだ約束忘れてないよ」
(約束…覚えてたんだ)

 (小1の時、父が病気で亡くなった。看護師の母も病院と協力しながら懸命に支えたが、進行が早かったため、あっという間に天国に行ってしまった。夢のマイホームも建ち、これからもっと家族で幸せになるはずだったのに。父が大好きだった私は、母にバレないように毎日こっそり部屋で泣いていた。そんな私を子供ながらに支えてくれたのがりっくんだった)
 ガチャ。
「さゆぅ?だいじょうぶ?」
「ぐすっ…」
さゆかの隣にそっと寄り添うように座る律。
「なかないで」
「…もし、おかあさんまでいなくなったらどうしよう。わたしひとりになっちゃう…」
律はさゆかの手を握った。
「ぼくがさゆのかぞくになるよ。けっこんしたらかぞくになれるんだってさ、ママがいってた」
「けっこん…?」
「おおきくなったら、けっこんしよう」
「…うん」
ちゅ。律がさゆかにキスをした。
「さゆ、ずっといっしょだからね」

 (その約束がお守り代わりになって、それから寂しさを感じることはなかった。だけど、りっくんはいつしか約束を口にしなくなって、きょうだいのように接してきた。恋愛を経て家族になる夫婦と違い、きょうだいから恋愛になることはない。りっくんが私のことを好きじゃないと気づき、引っ越しで離れたタイミングで、自分の気持ちは過去にそっと置いてきた。だから身体を交えた日、恥ずかしさの奥にあった微かな嬉しさがバレないように必死だった)

 「俺は付き合うの飛び越えて、入籍したいんだけど、18になるの来年だしなぁ」
「私、結婚願望ないから」
「知ってる。でも俺、約束守るよ?」
「約束を果たす義務感で、好きでもない人と結婚するのは間違ってるよ」
「俺がいつ、さゆのこと好きじゃないって言った?」
「…好きと言われたこともないけど?」
「…怖かったんだよ。誰よりも大切で大事なのに、俺の想いでさゆが離れていくのが。だからいつもふざけて、軽いノリで接してた。でも繋ぎ止めておきたくて、ダサい提案して抱いたり、こんな風にキスしたり…必死なの伝われよ」

 (さゆを抱いたあの夜、このまま時間が止まればいいのにって思った。
「…さゆっ…」「…っん…」
お互いの溶けてしまいそうな息遣いの中で『好き』の言葉を何度も言いかけ飲み込んだ。あの時、素直に言えてたらずっと傍にいられたんだろうか。俺の腕の中で眠るさゆを連れ去っておけば幸せだったんだろうか)

 拗ねたような、悔しいような表情の律を見つめるさゆか。
(もし、一優さんに出会ってなかったら、今も心のどこかで好きだったかもしれない。誰よりもそばで支えてくれた、家族になりたいと子供ながらに願った相手。だけど、それはもう過去なんだ)
「なにそれ…分かりづらいよ。…私だって、りっくんのこと大切だよ。これからもそれは変わらない。だけど…彼と別れるなんて、今は考えられない。ごめん…」
少し下を向くさゆか。
「さゆ…」
ばちんっ
律にデコピンをされた。
「いっったぁー」
「…振ったこと後悔すんなよ?」
そう言って律は歩き出した。
「今日、俺が先に風呂な。あ、そうだ。俺、日曜に帰るから、土曜日2人で花見行こうぜ」
(いつものりっくんに戻ってる…)
軽く微笑み、律の横に駆け寄った。
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