アパレル店員のお兄さんを【推し】にしてもいいですか?

ドキドキはそれぞれ

 部屋にいるさゆかは制服を脱ぎ、私服に着替えた。
 ガチャ
「お邪魔しまーす」
学校から帰ってきたタイミングに合わせて、さゆかの家に一優が来た。
(今日は付き合って1年記念日。どこかに出かける案もでたけど、2人でご飯を作って、家でゆっくりすることにした。夜勤で母がいないから我が家で過ごすことに)

 「これ混ぜてもらってもいいですか?」
「はーい」
キッチンに並び料理を作っている。
 「ソース味見してください」
ペロッ
「うまっ!バッチリ」
「じゃあ、これでいきます。一優さんが好き嫌い少ない人でよかったです」
「何でも食べられるからねー。だから遠慮なく新メニューに挑戦してね!」
「あはは、逆にプレッシャー」

 料理の並んだテーブルに向かい合い、乾杯をする。
「1年記念にかんぱーい」
「かんぱーい」
ゴクゴク
「いただきます」
もぐもぐ
「やば、家で作ったとは思えないうまさ」
「うん、初めて作ったけど上手くできてる。美味しいー」
「1年早かったね」
「ほんとですね。体感3ヶ月ぐらいです」
「あはは!まぁ、俺たちのラブラブさは付き合いたて並みだからね」
(推しになってから2年以上、付き合って1年。いまだにこんなにドキドキきゅんきゅんするのは、目の前の彼があまりに出来過ぎているから。何で私を好きになってくれたんだろうって今でも不思議に思う)
 
 デザートまで食べ終えた2人は、リビングのソファに座り、一優の胸に頭を預ける形で寄り添った。
「どうしたの、珍しいじゃん」
「今日は特別です…。こうすると一優さんの心音が聞こえて、なんだかホッとするんです。まぁ、ドキドキする自分の心音の方がうるさいんですけどね」
ぐっ
寄り添うさゆかの体を強く抱き寄せた。
「聞こえる?俺だっていつも、年甲斐もなくドキドキしてるから」
ドキッ
(ドクドク激しいのに心地いい。鼓動、触れる体温、呼吸、全てが愛おしい)


 昼休み。中庭でお弁当を食べるさゆかたち。
「1番別れやすい3ヶ月が過ぎたけど、どうよ真野は!?」
友美が興味津々に聞く。
「それがさ…すごく良い彼氏でやばい」
「まじで!?」
「基本レディーファーストだし、好きとか可愛いとかストレートに言ってくれるし…」
「真野そんな感じなの!?彼女の前ではお喋りになったりするの?」
「いや、喋りはいつもの感じ。でもすごく優しくて、好きなのが伝わってくるというか…」
ニヤつくさゆかと友美。
「麻由も好きになってるんだね、真野のこと」
「うん…めっちゃ好き。夏休み明けから教室で真野見るとドキドキしちゃって、片思いみたいな」
「やばー!聞いてるこっちがキュンキュンするわ!」
「まだ付き合ってるの周りに言ってないよね?」
「私がまだ黙っててってお願いしてたから2人以外は知らないと思う」
「麻由の気持ちも明確になったんだし、もう隠さなくていいんじゃない?」
「うんうん!堂々と一緒に帰ったりしちゃいなよー」

 数日後の放課後。
「え、ええええ!?どゆこと!?」
パニックになる菅の視線の先には、手を繋いで下校する麻由と真野がいた。
「しらっち知ってた!?」
「もちろん」
「えー、一緒に自由行動した仲なのに教えられてないとかショック…」
(麻由幸せそうだなぁ)


 10月下旬の文化祭。
(今年は一優さんは仕事で来られない。初日は友美たちとまわったけど、2日目の今日は友美は他校の彼氏、麻由は真野とまわる。だから私は…)
「しらっち!行くべ!!」
(何故か菅とまわることになった)
 「何食べるー?俺、ガッツリ系がいいなぁ」
「3組が唐揚げとかフランクフルトしてたよね?」
「そこにしよう!昨日並んでて食べれなかったし。しらっちは何がいい?」
「2年のクラスがしてるチーズボールが美味しくてさ、今日も食べたいなって」
「了解」

 食べ歩きをしながら校内を歩くさゆかと菅。
「そういえば、去年卒業した部活の先輩が、F棟に横断幕の言葉を落書きしたらしいんだよ。見つけたら焼肉奢ってくれるって言ってて。今日ならどさくさに紛れて、先生にバレずに探せると思うんだよ」
「なんか1年の時にした隠れ映えスポット思い出すね。まだ時間あるし探してみよっか。私が見つけたらコンビニのスイーツ奢ってね」
「よっしゃ、行ってみるか」

 人のいないF棟で探す2人。
「無いねぇ」
「消された可能性もあるな」
とっとっと
人の足音が聞こえた。
「やべっ、誰かきた」
階段横に積まれた段ボールの山の隙間に隠れる2人。
「ここ誰も来ない」
(この声…真野!?)
「ごめんね、せっかく一緒にまわってるのに休憩させて」
(麻由も一緒か)
菅と目を合わせ、やばいと口パクで伝える。
「ううん。お腹大丈夫?」
「うん、座ってると楽」
(あ、そういえば昨日、生理になったって言ってた。そうか、2日目でしんどい麻由をゆっくりさせてあげてるんだ)
「これ使って」
「カイロ持ってるの!?ありがとう」
菅はバレないようにスマホに文字を打ち、さゆかに見せる。
『出るタイミング逃した どーする!?』
菅のスマホを取り、
『今さら邪魔できない 去るの待つしかない』
無言で頷くさゆか。まじかー、と言わんばかりに顔を上に向けた菅だが、ふとさゆかとの距離の近さに気付き、頬が赤くなる。

 「だいぶ良くなったからそろそろ行こっか」
「引き続き無理せず」
「ありがとう」
「水沢」
ちゅ
キスの音が聞こえ、目を丸くするさゆかと菅。
「今日もかわいい。よし行こう」
足音が遠くなっていく。
「あーー!びびったぁーーー!!え、最後チューしたよな!?」
「盗み聞きするつもりなかったけど、なんかすごいドキドキしちゃった」
(たしかにあれは麻由も好きになるわ)
「はぁ…無駄に疲れたな。俺らもそろそろ戻るか」
「だね」
菅が立ちあがろうとした時、
「うわぁっ」
足元の段ボールで足を滑らせた。
「きゃっ…」
さゆかを押し倒し、覆い被さるような体勢になってしまい、至近距離で目が合う。
ドキッ
「…。」
ばっ
急いで身体を起こす菅。
「っ…わりぃ!ケガしてない!?」
「ううん、大丈夫。菅こそ大丈夫?」
「だっ大丈夫」
起き上がったさゆかが壁を見た。
「あ!」
指を差した先には、バスケットボールのイラストと小さく書かれた【勝利と青春は 今ここに】の文字があった。
「うぉー!あったぁーー!」
興奮しながらスマホで写真を撮る菅。
「スイーツよろしくねん」
「はいはい」
「やっぱり好きだなぁ」
「えっ」
ドキッとする菅。
「この言葉。初めて練習試合見に行った日に菅と横断幕が重なってさ、あぁこの光景一生忘れないなって思ったんだぁ」
「そうなんだ…」
少し嬉しそうな顔をした菅。
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