貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜

「仕事は、辞めます」

「……え?」

 今、なんて言った? 仕事を辞める? なんで?

 いったい、どうして明人が仕事を辞めることになるのだろう。

「な、なんで?」

「転勤を命じられたからです。でも、それは嫌です。私はここで、あなたと共に暮らしたい」

 明人が、ゆっくりと腕の力を抜いていく。

 詩乃はまだ彼の胸にもたれかかったまま、顔を上げた。

 精悍な、流麗な顔が真っ直ぐに自分を見つめている。

「早瀬詩乃さん。私の、恋人になってください」

 あまりにも真っ直ぐな、飾らない、透き通るような気持ちの告白。

「はい」

 何も考えず、何も感じず——ただ詩乃は、微笑み返すように自然に、そう答えていた。

 明人の大きな手が、詩乃のまだ冷めている頬に優しく触れる。

 詩乃は、頷いた。

 互いの目が、ゆっくりと閉じていく。視線が絡んでいく。

 熱い唇が、舞い落ちる花びらのように、静かに重なった。
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