貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
「共有ファイルのアーカイブを整理したっての、君か」
「はい」
「ふーん」
品定めするような目つきだ。詩乃は、落ち着いて見詰め返した。
元営業の胆力は、これくらいではへこたれない。
「次、仕様書とか添付資料とかのファイルやフォルダも整理してよ」
「ええと、仕様書。と、添付書類ですね」
仕様書、添付資料。これを聞いて、ようやくピンときた。
デザイン部の小岩井さんだ。
人嫌いなのでディレクター業はやらないが、デザインを担当している案件数は多い。
とにかく仕事が早いので、人柄では煙たがられつつも中心的な存在だ。
各部署で存在感のある人は、顔と名前を覚えておいたのだった。
いまだに、営業のときのクセは抜けていない。
「かしこまりました。ええと……もしかして、デザイン部で使うフォルダのことでお間違いないでしょうか」
よく考えたら上司でも取引先でもないのだが、いまだに営業時代のような受け答えをしてしまう。
「そうそう。俺らが、商品のデザインを先方と擦り合わせるために使ってるやつ」
すぐに話が通じて、小岩井はなんだか満足げだった。
他にもいくつかの確認事項を聞き取ってメモしておく。
「承知致しました。では、上に確認した後に着手致します」
「頼むわ」
小岩井は、伝えたいことだけ伝えると、さっさと帰って行った。