貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
「戻りました」
なんとなく部長の方を向いて、挨拶をする。
「おかえり〜」
デスクいっぱいに奥さんと子供の写真を飾っている部長は、人のいい笑顔で答えた。
「おかえりなさい。なにかあった?」
隣の席で仕事していた沙耶が、ぱっと顔を上げる。
郵便物を届けるだけにしては時間がかかっていたので、心配してくれたのだろう。
「デザイン部の小岩井さんから、仕事を頼まれましたよ」
詩乃は機嫌良く返事したが、沙耶は少しだけ顔を曇らせた。
「小岩井? やだ、嫌なこと言われなかった?」
さっき遭遇した小岩井は、沙耶の同期らしい。
「あいつ、誰にでも態度が悪いのよ。悪いやつではないんだけどねえ」
「大丈夫でしたよ。なんか、つっけんどんではありましたけど」
詩乃がことのあらましを説明すると、沙耶と部長は顔を見合わせた。
「あらま。あいつが、そんな素直に頼みごとをするとは意外だわ」
「彼、ボクにまで当たりが強いのにね。こりゃ、気に入られたんだねぇ」
二人の反応を見ると、小岩井はかなり気難しい人らしい。
「早瀬さん、相当感謝されてるみたいよ。部外の人からも好かれるのねえ」
「そうだったら、嬉しいですね」
「ふふ。早瀬さん、ほんとに気が利くもの。うちに来てくれてよかったわ」
しみじみと言う沙耶に、部長が頷いている。
「こちらこそ! そんなこと言ってもらえたら、もっと頑張っちゃいます」
ぽっと胸が熱くなった。
前職とはまったく違う環境のこの職場に、馴染んできた気がした。