貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
来てくれて良かった
数日後。
退勤直前。部長が、機嫌よさそうに呟いた。
「早瀬クンが来てくれて、雰囲気が変わったねぇ」
帰り支度を始めていた詩乃が、手を止める。
前職のせいで残業はコリゴリだが、こんな会話なら大歓迎だ。
「ほんとですか?」
なんとなく、褒められるような気がする。
詩乃は、早くも照れ笑いをしていた。
「そうね。確かに変わったわ」
隣のデスクに座っている、沙耶も同調する。
「え。どう変わったんですか?」
尋ねてみるが、部長と沙耶は首をひねって顔を見合わせてしまった。
「……うーん……なんとなく……?」
「なんとなくって!」
それって変わったと言えるんだろうか。
詩乃は、吹き出しながらツッコんだ。
「早瀬クンは、良い人だからねぇ。うちの奥さんのように気が利くし」
「そうよね。詩乃ちゃんが来てから、部長のノロケが前よりダルくなくなった気がするわ」
「ひ、ひどい」
いつもの掛け合いに、思わず笑いが溢れる。
「なんとなくって、具体的にはなにも変わってないってことじゃないですか!?」
部長も沙耶も、首を傾げている。
「そうなのよ……具体的にこれが変わった、って言うより、なんとなく雰囲気が……」
確かに、詩乃が具体的になにかを変えたわけではないのだ。
雰囲気がよくなった・なんだか明るくなった、としか言いようがない。
詩乃がいても、会社の業績が上がるわけではない。
以前のように、何百万円という売り上げを叩き出すわけでもない。