貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜

忘れかけていた障壁


 ほかほかと、お茶が湯気を立てていた。

 テーブルを囲んで、それぞれの座椅子にゆったり腰を下ろす。

 初めはキチッと正座していた明人も、最近では気軽に胡座をかいている。

「そういえばさ」

 まだあつあつの飲み物にほんの少しずつ口をつけながら、詩乃は切り出した。

「嫌なことでもあった?」

 明人の様子を伺うが、表情は大きく変わらない。

 しかしわずかに、悲しげに眉が曇ったような気もする。

「なんか、元気なかったから。電話したとき」

 聞いてもいいことなのか分かんないけど、と付け足しながら、明人の反応を伺う。

「……嫌なこと、というか」

 ゆっくりと、明人は重い口を開いた。

「転勤……について、少し気掛かりがあって」

 ぴしゃりと、冷水をかけられたような静けさに満ちた。

 そうだ。忘れていた。いや、忘れたふりをしていた。

 最初から分かっていたことだ。明人が、転勤を控えていることは。

「……そっ、か」

 平静を装ったつもりの詩乃の声は、わずかに揺らいでいる。

「話、聴いてもいい?」

「……ぜひ」

 重苦しい空気が立ち込める中、明人は静かに頷いた。

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