貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
待遇は、今よりさらに良くなる。
出世欲はないものの、今後のキャリアにとっても確実に良い過程になるだろう。
開発部にこだわっているわけでもないし、元々転勤は承知済みで総合職に就いた。
そもそも、断る理由はないのだ。
当たり前に、辞令が出ればそれに従って転勤すべきだと思って勤めてきた。
「ですが、一応もうひとつの選択肢はあって」
明人が、淡々と話を続ける。
「以前お見せした、電子書籍の販売。あれで生計を立てる道もあります。会社は辞めてしまって」
「小説で? すごい!」
詩乃は、彼の綴る物語のことを思い出した。
もし小説家の道に進みたいのなら、そちらに専念しても良いだろう。
「既にある商品を利用して、広告収入を得る手段もありますしね。今は完全に片手間ですが、専念すればもっと安定した収益を得る目処はあります」
あくまで淡々と言う。「小説家になる夢」を打ち明けるような雰囲気ではない。
明人は、物語の創作そのものに魂を捧げている訳ではないようだ。
もちろん好きでやってはいるのだろうが、職を辞してまで朝から晩まで打ち込みたいわけではないらしい。
自分の作品を「商品」と呼ぶくらいだから、小説家になりたいわけではなさそうだ。