ここまでコケにされたのだから、そろそろ反撃しても許されますわよね?
「い、いいえ、そういったわけでは……」
「分かっているわよね? ライラがあんなに痛い思いをして産んだのよ? もしもあの子に何かあったらただじゃ置かないから。よぉく覚えておきなさい」

 震えあがった侍女が、逃げるように退室していく。
 ライラは生まれた子にあまり興味がない様子だ。
 しかしケラー侯爵は特に気にも留めなかった。
 多くの貴族がそんなもので、子育てを使用人に任せるのは当たり前にあることだった。

(あの女はそうではなかったな……)

 アンドレアの母親は、自らの乳をアンドレアに分け与えていた。
 普通は同時期に出産した女を、乳母として連れてくるものだ。
 そんな過去を思い出し、ケラー侯爵はひとり眉間にしわを刻んだ。

(あの女ことなど最早どうでもいい)

 これから自分は侯爵以上の存在、さらなる高みを目指していくのだ。
 それがアンドレアが死んだせいで、目論見(もくろみ)にずれが生じてしまっている。
 だが十分に軌道修正ができる範囲内だ。

(むしろライラの散財を見張る必要がありそうだな……)

 屋敷に閉じ込めているガス抜きのために、今はある程度の贅沢は仕方ない。
 しかし一年後には盛大な結婚式を予定している。余裕資金はそちらにつぎ込む必要があった。

 はっきり言って、ポールに領地経営の才はないとケラー侯爵は思っている。
 急にアンドレアがいなくなったシュナイダー家は、多少なりとも混乱状態に陥っていた。
 経済的に安定を取り戻すまでには、もうしばらく時間を要するだろう。

 とはいっても、ポールには自分がいろいろと助言を与えている。
 混乱は一時的なものだと、ケラー侯爵は楽観的に捉えていた。

「いいか、ライラ。ポール様もライラとの結婚式は盛大にしたいとおっしゃっている。だからそれまではいい子にしているんだ。分かったな?」
「もちろんよ、お父様」

 首元の宝石に夢中になりながら、ライラは生返事をした。
 一抹の不安を覚えながら、ケラー侯爵はシュナイダー家をあとにした。
 帰りの道中、老朽化した橋や放置された倒木などがやたらと目に留まる。

(なに、たまたまだ)

 シュナイダー領の街並みにどこか荒廃した影を見出すも、自分の気のせいだとケラー侯爵はそのことも軽く片付けた。

< 99 / 138 >

この作品をシェア

pagetop