素直クールな雪乙女は最強の種がほしい。

第十二話 重なる影

 ヴィティが山に帰ってきて幾日か過ぎた頃、彼女は治癒の泉へ足を運んでいた。

 そこはルミニュイ族が怪我をした時に水浴びすることでその怪我の治りが早くなる場所であり先祖とされる雪の精霊が彼女達の為に作った神秘であった。

 誰もいない事を確認してから服を脱ぎ、泉に浸かる。真冬でも凍らない泉は冷たくルミニュイ族にはとてもよく馴染むものだった。

 浸かっているだけで火傷の部分が癒やされていくのを感じ、しっかりと肩まで浸かる。焦げて傷んだ髪も癒やすよう時折泉の水を掬い、洗う。

 それから余計な力を抜き、瞳を閉じて身を委ねた。それをたっぷり一時間ほど続けた後でゆっくりと泉から出て服を着ようとしたその時だった。

すぐ近くから雪を踏みしめる音と人の気配がしてだれか来たのかと振り向くとそこにはいるはずのない人物が立っていた。

「ロンシャオ……?」

 しっかりと登山用の防寒具を着込んでいるロンシャオが不意打ちを食らったような、ポカンとした顔でヴィティを見ていた。それはヴィティも同様で二人は数秒立ち止まった後、先にヴィティの方から正気に戻ってしゃがみ込む。

(顔、隠さなきゃ……)

 既に火傷痕のある顔を見られてしまっただろうが少しでも隠そうと両手で顔を隠しながらロンシャオに背を向けるヴィティであったが顔以外の全てが惜しげもなく晒されている状態になっている。

 一方ロンシャオは予想外な展開に固まっていた。

(シャミィと名乗った娘がヴィティは泉にいるとは言っていたが……まさか水浴びをするためとは聞いていないぞ……!)

 思い返してみればそう話してくれたシャミィの表情はニマニマと笑っていたような気がしてきてロンシャオは慌てながらもついついヴィティの一糸まとわぬ姿を見てしまう。

 ヴィティの裸体はいくつもの火傷の痕が残っているもののそれがかえって火傷部分以外の雪のように白く透き通るような肌を強調している。

 胸は控えめではあるが美しい形をしており、くびれは華奢でありながら女性らしさも兼ね備えた曲線をしていた。水浴び直後の濡れた髪としなやかな体にロンシャオは思わずゴクリ、と生唾を飲む。

「……っ……ほ、他に隠すべきところがあるだろうが……!」

 そのまま眺めていたい欲求に鋼の理性で打ち勝ったロンシャオは顔を見られまいと両手で顔を隠すヴィティに自分の外套を脱ぎ上から掛けた。ヴィティには大きいそれは彼女の体をすっぽりと覆い隠す。

「……あ……そうよね。ごめんなさい。見苦しいものを見せてしまって」
「……っ……違う!」

 火傷があるのは顔だけではない。多少薄くはなったものの痕は手に腕、背中に腹に脚と全身の至る所に点々と残っている。それを見られてしまって、それを隠せと言われたと考えたヴィティは弱々しく謝罪の言葉を口にする。

 そんなヴィティを見てロンシャオは首を左右に振り否定した。

「俺は傷が見苦しいから隠せと言ったわけじゃない。肌を隠せと言ったんだ」
「……同じじゃないの?」
「……違う。今のお前は裸だから隠してもらわないと目のやり場に困るんだ」
「そうよね。見たくないだろうし」
「だからっ! 逆だ逆! 見ていたいから隠して欲しいんだ!」
「……見たいから隠せ……?」

 何かのナゾナゾかしら、とヴィティが首を傾げるとロンシャオは自分の意志を上手く伝えられないのがもどかしいのか乱雑に髪をぐしゃぐしゃと掻き上げた。

 久しぶりの再会からのグダグダしたやり取りをしている途中に風の力が強まり雪の勢いが増していく。

「……風が強まってきたわ。多分これから吹雪になる。ここからだと私の家は遠いから近くの洞穴でやり過ごしましょう」
「………分かった」

 山の急な天気の変化にヴィティは自分の着替えを持って避難の提案する。

 ヴィティの方が山の事を理解していると判断したロンシャオはそれを頷き早足で泉近くの洞穴に避難した。

「今火を…………っ……」
「待て。俺がやる」

 その洞穴は遭難した人間を保護するための拠点の一つで物資が用意されており焚き火をするための火の魔石も置いてあった。

 火を付けようとした瞬間に教会での炎の記憶がフラッシュバックしてヴィティは微かに手を震わせる。

 ヴィティの異変に気づいたロンシャオは庇うように彼女が手に持っていた火の魔石を奪うと慣れた手付きで火を灯す。

「……焚き火だけだと寒いわよね。コート、返すわ」

 焚き火の近くに座り暖を取るロンシャオの傍でヴィティは手に持っていた服を置いて被せられていた外套を脱ぎ始める。

 再びすぐ傍で一糸まとわぬ姿になったヴィティにロンシャオは慌てて顔を背けた。

「きゅ、急に脱ぐな……っ……」
「……だってあなたが寒いでしょう?」

 ヴィティは少しでも肌を見ないようにギュッと目を閉じている彼をいたわるようにファサっと外套を掛けてから地面に置いた服を手にとって着替え始める。

 一瞬見てしまった光景とゴソゴソと聞こえる衣擦れの音にロンシャオはヴィティが着替えている間はそちらを向かないようにしているものの心は色んな意味で荒れ狂っていた。

「もう大丈夫よ」
「……そうか」

 ヴィティが着替え終わった事を告げるとロンシャオはゆっくりと振り返り彼女の姿を目に収める。

 ヴィティが今着ている服は丈の長い白いワンピースで人間であるならばそれ一枚では寒さに凍えてしまうくらいの薄着であった。

 焚き火に照らされてヴィティの体のシルエットが薄っすらとワンピース越しに分かりロンシャオは……一度大きく蹲った。

「……? どうしたの?」
「い……いや、なんでもない」
「そう……?」

 そんなロンシャオをヴィティは不思議そうに見つめるがすぐに視線を焚き火に戻して共に暖を取る。寒さに強いルミニュイ族であるヴィティには必要のない行為であるがロンシャオと同じ事をするのが彼女は好きだった。

 ただ今回は以前のようにピッタリくっついたりはせず一定の距離を取る。そんなヴィティにロンシャオは物言いたげな眼差しを向けはするものの無言で焚き火を眺めた。

 それから二人は特に言葉を交わす事もなく沈黙が続く。その沈黙も何もなかった頃は心地よいものであったが今のヴィティには気まずく思えた。ロンシャオ自身がどこかピリピリとした雰囲気であるのも大きいだろう。

「……ロンシャオはどうしてここに……? 」
「…………どうしてだと思う」

 そもそも何故ロンシャオが山にいるのだろうと疑問であったヴィティは沈黙を破り訊ねてみるとロンシャオはその問いをすること自体が不満だというように眉を顰める。

 怒り半分、拗ねが半分といった子どもじみた表情と態度にヴィティは戸惑った。

「……えっと………?」
「…………本気で分からんのかお前は」
「そんな事言われても……分からないから訊ねたのよ」 
「……俺は………お前に会いに来たんだ」
「どうして? 手紙、届かなかった?」

 約束は無くなったのにどうして会いに来たのかとヴィティが首を傾げるとロンシャオは奥歯をギリッと噛み締める。

「……手紙なら届いた。むしろ読んだから来たんだ」
「どういう事?」
「……ハァ…………怒りすぎると一周回って冷静になれるもんなんだな……」

 ヴィティの鈍感さと察しの悪さにロンシャオは深い溜め息をつきながらポツポツとこれまでの事を振り返るように話し始める。

「……お前の手紙を貰ってすぐ俺はヘルトゥルタンに戻った。どういうつもりか問いただすために。……ただハッキリと物を言うお前が山に帰る理由を濁しているのが気に掛かった。だから俺はお前に会う前に国に問い合わせた。ヴィティというルミニュイ族が何故帰還したのかをな。最初は機密事項となりますので関係者以外の方には教えられませんと説明されたが……まあ、説得して話してもらった」

 と口調は穏やかなものの目は据わっており『説得』がただの言葉であるとは考えにくい。一体どうやって事情を聞き出したのだろうと内心思いながらヴィティはロンシャオの話の続きに耳を傾ける。

「それでお前がスラムの子どもと『組織』のトラブルに巻き込まれた事を知って……潰した」
「えっと…………何を?」
「『組織』を」
「……………え」

 サラリととんでもないことを言って相手を動揺させるいつものやり取りが今回は逆転している。あれほど騎士団の人も頭を悩ませていた『組織』をアッサリと潰したと告げるロンシャオにヴィティの脳内ははてなマークが乱舞する。

「一人では危ない、危険だとかあって騎士団の連中が止めてきたが無視してカチコんで暴れ回った。建物も人間も全部纏めてぶっ壊してやったとも」

 ああ、一応人間は全員生かしてはおいた、骨は折ったがなと何でもない事のように言われこんな時どんな顔をすればいいのだろうとヴィティは困ってしまう。

「どうして『組織』を潰したの?」
「……俺の大切な存在が傷つけられたからだ」
「大切な存在……孤児に知り合いがいたの?」
「……っ……お前に決まってるだろうが! そこからなのか!?」
「ご、ごめんなさい」

 え、カチコミに行くくらいに大切な存在だったのと驚き、謝罪するヴィティにロンシャオはマジかこいつと絶望的な顔をする。

 ロンシャオにとって不愉快な記述のある手紙を受け取った時から自分の想いが全く伝わっていないのではないかという疑惑が確信に変わりこれまでのやりとりや思い出は何だったのかと彼の心はモヤモヤした気持ちでいっぱいになっていく。
  
「……それで『組織』の後処理を騎士団に任せた俺は山を登ってお前に会いに来た。そしたら入れ違いになってシャミィという娘に『お姉さまなら泉にいるよ』と教えてもらったんだが……」

 と話している途中でさきほど見てしまった光景を思い出したのかロンシャオは頬を赤くした後黙る。

 それから誤魔化すように咳払いをして再び話し始める。

「……正直に答えろ。手紙に書いてあった通り他の男から種をもらうのか。それとも……もう貰ったのか」

 まるでメロドラマ系の作品で見た浮気を咎められるような物言いにヴィティは瞼を何度か瞬かせた後、首を横に振って否定する。

 もう対面してしまった以上嘘をつく必要がないと思ったからだ。

「…………いいえ。本当はそんな人いないわ。嘘をついたの」
「どうしてそんな嘘をついた」
「だって……私、美しくなくなってしまったわ」
「は?」
 
 ヴィティが怯えるようなか細い声の言葉。その言葉にロンシャオは何を言っているんだこいつはと怪訝な眼差しを向ける。

「あなたが褒めてくれた髪は焦げて短くなってしまったわ。肌もところどころ爛れて……あなたにこんな姿見られたくなかったの」

 今もなお顔の半分は占める火傷を軽く擦りながら嘘の理由を告白するヴィティにロンシャオは無言で立ち上がり距離を詰める。膝と膝がくっつきそうなほど縮まった距離にヴィティは思わず離れようとするがその前にロンシャオが腰に手を回して阻止した。
 
「……顔をよく見せろ」
「……でも」
「いいから」

 躊躇うヴィティを説き伏せてロンシャオは彼女の顔を、表に出ている手や足をよく見る。確かに以前と何も変わらないわけじゃない。

 腰まであった美しい白髪は項辺りまでの長さに切られ、白い陶器のような肌はところどころ引き攣れて火傷の痕が痛々しいほどに残っている。

 しかしロンシャオからすれば短くなった髪は残念ではあるがそれはそれでよく似合っていると感じるし刻まれた火傷の痕達は何のマイナスにもならなかった。

「……ああ。お前は変わらず美しい」
「え……」
「ただ……痛そうだな。痛むか?」
「……まだ、少し。勢いよく体を動かしたり強く触れなければ平気だけど」
「……触れても?」
「……え、ええ。どうぞ」

 火傷をマジマジと見られるのは抵抗がある。けれど彼が触れたいと思うならそれを叶えたかった。

 壊れ物を扱うようにすり……と優しく火傷の痕を指先で撫でられると自分が触れている時よりもずっと擽ったくてヴィティは微かに身を捩る。
 
「……ん…………」
「……すまない。痛かったか」
「いいえ。火傷の部分は皮膚が薄いから敏感になっているみたい」
「そ、そうか。悪かった」
「別にいいわ。むしろ……あなたに触れられると心地いいから」

 と正直な気持ちを伝えるとロンシャオはまたお前はそういう事を、と照れた後火傷痕に触れていた指先を離しヴィティを抱き寄せる。
 
「……好きだ」
「え?」
「俺はお前が好きだ。結婚してくれ」
「…………え?」

 すっぽりと包み込むように抱きしめられながら告げられた明確な求愛の言葉にヴィティは固まる。それは恋物語のクライマックスシーンほどのげきてきなドラマチックさはなかったがロンシャオの真っ直ぐな好意をこの上なく示しているものだった。

「……あなた、私の事好きだったの?」
「逆に何故気づかないんだ……確かに直接『好き』とは言わなかったが種をやるって約束した時点でそういう事だろうが」

 そもそも種をくれと言ってきた女を受け入れて滞在場所を教えた時点で答えは出ていたようなものだっただろう、と言われヴィティはますます驚いた。

 その言葉が本当ならばかなり最初の頃からロンシャオはヴィティに惹かれていたという事になるからだ。

「最初から婚前交渉はしない、俺は好きな相手としかそういう事はしないと言っただろうが」
「……善意で妥協してくれたのかと思っていたわ」
「なわけあるか。……ハァ……あの時言葉を濁した俺も悪いがそれにしても鈍すぎるだろう」

 ヴィティの鈍感具合にロンシャオは呆れながらも愛おしそうに抱きしめる力を強め唇をヴィティの耳元へと移動させる。

「それで」
「え?」
「…………返事は」
「あ……わ、私でいいの?」
「『で』じゃない。お前がいい」
「……喜んで」

 誤魔化すことなく好意を伝えたロンシャオはヴィティが頷いたのを確認した後、そのまま顔を近づけ唇を重ね合わせようとする。しかしあと数センチというところでヴィティはふいっと顔を背けた。

「……おい。何故避ける。口づけはお前だってしたがっていただろう」
「だ、だって…………なんだか恥ずかしい……」
「人の気も知らないで散々迫って誘惑してきたくせに何故今更恥じらいを出してくるんだ」

 キスを避けられると思ってもみなかったロンシャオはヴィティの下顎を撫でつつもやんわりと背けた顔を自分の方へと向けさせる。ヴィティの顔は焚き火の光に照らされているのを差し引いてもかなり赤くなっている。

「ご、ごめんなさい……あなたの事が好きで、大好きで……すっかり臆病になってしまったみたい」
「……っ……まあ、お互い様か……俺も肝心な言葉がいつも足りなかった」

 二人はしばらく見つめ合った後、仕切り直すように瞼を閉じて唇を重ね合わせる。

(これが……口づけ……あたたかい……)

 最初にしてみたいとねだった時はまだ早いと断られたキス。その願いが、憧れがついに叶えられヴィティはこっそり閉じていた瞼を開く。するとロンシャオも同じ考えだったのか緋色の瞳と目が合い、二人して小さく笑った。

「……今日はここまでだな」
「え」

 求婚され、初めての口づけを交わしたのだからこのまま押し倒されて、洞穴の中で初めてを迎えると思っていた矢先に唇を離される。それから抱き寄せていた腕まで離れていきヴィティは突然梯子を外されたような気分になった。

「……抱いてくれないの?」

 ヴィティが体を枝垂れかからせながら上目遣いで自分をこれから抱かないのかと訊ねた途端、ロンシャオは反射的にその誘惑に応えようと腕を伸ばし、その直前で理性を取り戻してピタリと止める。
 
「……っ……こら。誘惑するな」
「だって……私達は好き合っていて、私はあなたの求婚も受けたのよ。もう止まる理由なんてないでしょう?」
「ある。……まだところどころ痛むんだろう? そういう事はちゃんと傷が治りきってからだ。それにこんなほぼ野外で布団もない場所でお前を抱けるか」

 そう言って離れろとつれなく言うロンシャオにヴィティは渋々応じる。それが彼の意地悪ではなくヴィティを心から案じ、心配しての気遣いであると分かるからだ。

「……これでもかろうじて理性を保っているんだ。察してくれ」
「私は全然かまわないのに」
「俺がよくない」
「……じゃあキスだけでも…………嫌?」
「お前な。耐えていると言っているのに……」

 ヴィティの容赦のないおねだりに傷が癒えたら覚えておけよ、とロンシャオが言うと同時に二人の唇が合わさる。

 それから吹雪が止むまでの間、二人の影は何度も重なり、数えきれないほどの口づけを交わし続けたのだった。
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