素直クールな雪乙女は最強の種がほしい。

最終話 春の芽吹き

 ヴィティとロンシャオは紆余曲折あったものの無事結ばれた。ヴィティの母親とロンシャオの師匠であり親であるリュタンの両者にその報告をするとどちらの親も我が事のように喜び祝福してくれた。

 ヴィティとロンシャオは二人で今後どうするか話し合った結果、ルミニュイ族の住む山で暮らすことに決めた。普通の人間であるならば耐えられない極寒での暮らしだがロンシャオの強靭な肉体と精神はそれを可能にしていた。世界最強の男は愛を知りもはや世界最強の生物へと変貌していたのである。

 一つ屋根の下での暮らしは穏やかなものでヴィティは火傷の治療をしながら幸せな毎日を送っている。

 そう。間違いなく幸せな毎日を送っているのだが……。

「ありがとうロンシャオさん。助かったわ。私じゃ一度にこんなに沢山の薪は運べなくて」
「ああ。気にするな。ついでだ」

 ルミニュイ族は女しかいない種族だ。当然女しか暮らしていない。そんな中で若く、強く、美形な男が同じコミュニティで過ごす事になったらどうなるか。

 当然モテる。モテまくる。元々種の本能により性に積極的なルミニュイ族にとってロンシャオは格好の獲物なのだ。結婚や夫婦という概念も浸透していないためヴィティが傍にいても「今晩どう?」と誘うような者も普通にいるのである。

 もちろんロンシャオは「俺はヴィティ以外を抱くつもりはありません」とキッパリ断ってはくれているのだが……火傷まみれの自分と比べて美しく、場合によっては女として魅力的な体付きの女性がロンシャオに色目を使う度ヴィティはモヤモヤした気持ちになるのだ。

 ロンシャオの故郷で暮らした方がよかったかしら、と考えてはみるもののそちらでもロンシャオはモテるだろうし向こうの『夏』と呼ばれる季節は雪乙女であるヴィティには厳しいため現実的な案ではない。

(ロンシャオは私以外の女に興味はないって言ってくれているけれどルミニュイ族の事を思えばむしろ種を配ってもらった方が発展するでしょうね)

 ここは人里ではなくルミニュイ族だけが住まう山。法律の及ばぬ秘境だ。種の繁栄という観点だけ考えるなら雄として頂点に立つロンシャオの血は大いに役に立つだろう。

(ロンシャオの気持ちを尊重したい。だけど……)

 ヴィティに自分の好意がほとんど伝わっていなかったのがショックだったのかロンシャオは結婚してからは分かりやすく愛情表現をしてくれるようになっていた。好きだ、愛していると照れながらも明確に言ったり抱きしめたり口づけを交わすのは日常茶飯事で彼からの愛情を疑う余地はない。

 しかしそれはあくまでこの半年間の話。今は自分だけを見てくれているが今後どうなるかは分からない。誘惑の多い生活に若く健全な男であるロンシャオが耐えられるだろうかと不誠実な考えが過ぎってしまう。

(……これが嫉妬というものなのね)

 恋物語を読むたび何故好きな相手が異性と仲良く話しているだけで怒ったり悲しんだりするのだろうと不思議に思っていたヴィティはもういない。それが良い事なのか悪い事なのか彼女自身分からない。

 ロンシャオと結婚してから半年の月日が流れていたが彼はすぐに山に馴染みヘ全てのルミニュイ族の女性と交流を持っていた。あくまで近所付き合いとして、だが。

(そろそろ……いいかしら)

 半年の間に火傷の傷は少しずつ癒えていき大きな火傷は痕が残ってはいるものの淡い桃色程度には薄まってきていた。皮膚も大分修復して痛々しい見た目ではなくなっている。

 髪も項くらいの短さからセミロングまでには伸びておりそれだけの月日を共に過ごしたのだと思うと感慨深いものがあった。

 ヴィティは伸びてきた髪を丁寧に梳かした後、ロンシャオから贈られた瑠璃色の蝶の髪飾りを箱から取り出す。

 あの火事から一度も身に着けていなかった髪飾りは少し焦げてしまっていたものの相変わらず美しく輝いている。

(……もう傷は癒えたわ。彼もここでの生活に慣れたし……そろそろ誘ってもいいはず……)

 人間の男女は結婚した初日に初夜……性行為をするのが一般的であると様々な媒体からヴィティは学んでいた。

 しかしロンシャオは「お前を大切にしたい。だから怪我が治るまではしない」と明言しており寝床も別の状態であった。

 好きな相手との同衾に夢を抱いていたヴィティは同じ部屋で隣り合わせに寝るくらいならいいのではと一度提案してみた事もあったが「俺はお前が思っているよりも意思が弱い男なんだ」と却下されていた。

(……よし。決めたわ。今夜は絶対にロンシャオと同じ部屋で寝るわ。そして夫婦の夜の営みをするの)

 そう決意を固めたヴィティはあえていつも通りに過ごした。夜になりロンシャオが魔石と木材を組み上げて作り上げた風呂に入浴している間に身支度を整え、瑠璃色の蝶の髪飾りを髪に挿した。少しでも自分が魅力的に映るように。

 それから彼の部屋に入り正座をして待機する。しばらく待っていると髪を下ろしたラフな状態でロンシャオが戻ってくる。

「おわっ!? ……なんだヴィティか。部屋の明かりもつけずにどうした。何かあっ………っ……」

 戸を開けた途端に自分の部屋に人影が正座で待機しているシチュエーションにロンシャオは怪異に遭遇したかのような声を上げる。それから目を凝らしてその人影がヴィティである事に気づき安堵するがその安堵はすぐに別の感情へと変わる。

 彼女の格好が普段着ているような上着にズボンの寝巻きではなく髪飾りに合わせた瑠璃色でまるでドレスのような綺羅びやかなネグリジェを身に纏っていた。

 これまで火傷を気にして隠していた腕や脚があえて露出した大胆なネグリジェにその意図を察したロンシャオは自分の部屋だというのに緊張した様子で足を踏み入れる。

「……どうした」
「お願いがあって」

 その会話そのものは特段おかしなものではなかったが二人とも声が僅かに震えている。明かりもつけないまま緋色と白縹の瞳が交じり、艶のある熱を帯びていく。

「……………いいのか」
「ええ。もう痛みはないわ。だから……」

 ヴィティの意思を汲み取りながらも体を案じるロンシャオに彼女は頷く。それから合わせていた視線を一瞬伏せてからお願い、と上目遣いで立ったままのロンシャオを見上げ閨に誘おうとする。

 が、それは出来なかった。ロンシャオがヴィティの唇を自身の唇で塞いでしまったからだ。 

「ん……」
「……んっ……」

 ヴィティはこれまでロンシャオとは触れ合うだけの軽い口づけしかしてこなかった。だが今は違う。重なっていた唇が離れたかと思うと角度を変えられてぬるりと滑った舌の感触が唇を割って内へと入り込んでくる。

 より深く、情熱的な口づけはロンシャオ自身もこの時を待ち侘びていたのを明確に伝えてくれる。ちゅくちゅくと艶かしい音が静かな部屋で響き渡り唇が離されると銀の糸が二人の間に伝う。

「はぁ、はぁ………」
「……急にどうしたんだ。何かあったのか」

 深い口づけの時点でくったりともたれかかるヴィティをロンシャオは愛おしげに頬を撫でる。

「……明確に何かあったわけじゃないの。ただ……」
「……ただ?」
「……火傷も治ったしそろそろいいかなと思ったの。それと……モヤモヤして」
「モヤモヤ?」
「……あなた、この半年間で皆に頼りにされるようになったでしょう。それ自体は私も嬉しいのだけれど……」
「お前だけだ」

 嫉妬してしまうのだと言う前に食い気味に他の女は眼中にないと一言で否定されヴィティは耳先を上下に揺らし、まだ何も言っていないわと微笑する。

「……ヤキモチを妬いて、勝手に不安になって、誘うような女は嫌かしら」
「愛している」

 素直に、そしてクールに心の内を曝け出した告白と誘いに応えるようにロンシャオはヴィティを自分の布団の上に寝そべらせ、欲を孕んだ声で囁く。
 
「今夜はおそらく寝かせられない」
「……そしたらお昼寝するわ」
「昼寝られるといいな」
「……え」

 これから夜を跨いで夜更けまで……という覚悟はあったヴィティも日が明けてからも続く可能性は想定していなかったため思わず身を震わせる。冗談よね?と無言でロンシャオを見つめると今まで見たことがないくらいに満面の笑みを浮かべている。……少し不気味なくらいに。

「……俺はずっと……ずっと前からこの時が来る事を待ち望んでいた。だから…………先に謝っておく。すまない」

 一体何がすまないなのだろう。これから私はどうなってしまうのだろう。ヴィティはあくまで穏やかに、それでいて張り詰めた剣呑さを宿すロンシャオの緋色の瞳に戦慄を覚えながらしがみつくとそれが逆に彼の欲を刺激したのかぎゅっと抱きしめる力が強くなる。

 それからもう一度深い口づけを交わすのをスイッチにしてヴィティは大好きな旦那様の愛を、そして種を受け止めきれないくらいに沢山貰い続けた。

 その愛情と情念が宿った種は十月十日の年月の中で実を結び、見事春の芽吹きを二人に与えたのだった。
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