素直クールな雪乙女は最強の種がほしい。

第七話 抱擁と手のひら

「綺麗……」

 初めての逢引きを無事終えたヴィティは少し間を置いてから二度目のデートの約束を取り付け、若い娘が好みそうな装飾品店にロンシャオと共に訪れていた。彼女の妹分であるシャミィへの土産を選ぶ為である。

 あの子なら綺羅びやかでピンク色のものが好きよね、と雪山で元気にかけまわっているだろうシャミィの事を思い描きながら店内を回るヴィティは表情はどこか楽しげでロンシャオは店の商品よりもむしろ彼女そのものを観察していた。

(……あ……これ……素敵)

 そんなロンシャオの視線に気づかずヴィティは歩きながら店の商品を物色していたところ隅っこに展示されている髪飾りを見つける。

 それは木でできた棒状の、見たことのないアクセサリーだった。木の枝を模した棒の先端に鮮やかな瑠璃色の蝶が止まっている……ように見える美しい髪飾りであった。

(珍しい形……ああ、ヒノモトで作られたものなのね。これがロンシャオの故郷で作られた髪飾り……素敵。…でもこれは私の趣味だわ)

 ロンシャオの故郷の装飾品に心惹かれるものがあるが今はシャミィの土産を買いに来たのだ。持ち合わせはあるが万が一、何かあった時のために無駄遣いは控えたい。

 元々あまりアクセサリーを身に着けない自分には不要なものだと考えたヴィティは後ろ髪を引かれながらもその髪飾りから離れる。

「……これがいいかしら。あの子は花が好きだから」

 それからぐるぐる店内を回りヴィティは無事シャミィが好みそうな春を連想させる鴇色の愛らしい花のブローチを見つける事が出来た。

「そうか。見つかってよかったな。……お前自身は何か買わないのか?」
「……ええ。私はいいわ」
「……………そうか」

 ラッピングしてもらった商品を受け取ったヴィティは蝶の髪飾りの置いてある場所に一瞬だけ視線を向けて装飾品店から出ていくのだった。

 ❆❆❆

「他に必要なものはあるのか」
「他の皆へのお土産はもう買ったから大丈夫」
「なら日も暮れてきたし帰るか」
「そうね。名残惜しいけど」

 日が落ちて夕暮れの空の下、ヴィティ達はゆったりと歩いていく。もう少し日が延びてくれればいいのにと思いながらヴィティが歩いていると。 

「……っ……」

 人気のない路地裏から息を潜めるような声が聞こえ、なんだろうと声のした方を見る。そこには……。

「もう……っ……外で盛らないでよ」
「そんな事言ってお前だって興奮しているじゃないか」

 若い男女が抱き合いながら唇を重ね合わせていた。生々しい唾液同士が混ざり合う音が二人の口付けの激しさを物語っている。それだけでは飽き足らず男の方が服の上から女の胸の膨らみを揉みしだいており女の方も満更でもなさそうにその行為を受け入れている。

「あ……っ……」
「可愛いな、お前」
「もう……っ」

 二人の睦み合いはヴィティ達が見ている事にも気づかずにエスカレートしていく。

(これは……もしかしなくても……)

「……お、おい。早く移動するぞ」

 あまりの大胆さにそれをぽかんと見ていたヴィティとロンシャオであったが先に正気に戻ったロンシャオがヴィティの手を引いてその場から立ち去ろうと促す。

「え、ええ……」

 初めて見る実在人物の濡れ場にヴィティは混乱しながらもロンシャオと共に恋人らしき二人から離れた。

「まったく……非常識な」
「……驚いたわね」

 人通りの多い道まで来たところでヴィティ達はようやく一息つく。

(あれがフィクションではない、本物の濡れ場……)

 ヴィティはロンシャオに手を引かれたまま先ほどの光景を脳裏に浮かべていた。

(ああやって外でするのが普通……ではないのよね。今もロンシャオが非常識なって言っていたし)

 あの男女の口付けは刺激的で、欲望的で、でも確かに愛があった。人の目が付きかねない外でああいった行為をするのはよくないが……ほんの少し羨ましいと思ってしまう。

(さっきの二人……抱き合って、キスしていたわ。あれが物語の描写じゃない本物のキス……)

 フィクションではない、綺麗なだけではない生々しい口づけ。いつか自分もそれをする時がくるのだろうか。さっきの二人がしていた口づけのその先も。

(……今の私達って他の人にはどう見えているのかしら。そもそも……ロンシャオはどう思っているのかしら)

 いざ『見本』を目撃してしまうと深く考えないようにしていた曖昧な、ハッキリと言葉にしていない関係が気になってしまったヴィティは自然と繋ぐようになっていた指先に力を込める。するとそれに応じるようにやんわりと握り返されてますます分からなくなる。

 恋を教えてほしいと頼みロンシャオと過ごすようになってヴィティもゆっくりとはいえそれが何であるのか理解し始めている。それが自分の中に芽吹いて大きくなっている事も。

「……着いたな」
「ええ。送ってくれてありがとう」

 濡れ場を目撃した衝撃と改めて感じた胸のモヤモヤで自然と言葉少なになって気がつけばヴィティの借りているアパートの部屋の前までたどり着いていた。あとは部屋の鍵を開けて帰るだけだ。

「……またな」
「あ……」

 そのまま背を向けて去ろうとするロンシャオを見るとヴィティは無性に胸が苦しくなって、無意識に彼の外套の裾を掴んでしまう。

「……どうした」

 いつもはまたねと手を振って見送って解散という流れになるのに初めて引き止められロンシャオは驚きつつも振り向く。すると──。

「……ロンシャオは……私の事、好き?」
「……っ……!?」

 裾を掴んだまま寂しそうに潤んだ瞳で見上げられロンシャオは言葉を失う。

 投げかけられた言葉も、自身を引き止める仕草も、庇護欲を唆る儚げな眼差しも総てがロンシャオの心の内を騒ぎ立てる。

「……く、くだらんことを聞くな」

 その問いの答えをロンシャオは薄々分かっていた。だけれどそれを口に出すには己の勇気が足りなくて思わず突き放すような言葉を言ってしまう。

(……くだらない事……私にとっては大切な事なのだけれど)

 ロンシャオの心を見る事が出来ないヴィティは照れ隠しの言の葉を読み解けず掴んでいた裾を離し、俯く。

「……ごめんなさい。変な事言って。忘れて」
「あ、いや……ちが…………」

 叱られた子どものように自分のコートの裾をギュッと掴んで俯くヴィティにロンシャオは自分の言葉選びを間違えた事を悟り、ツゥーと嫌な汗が肌に伝っていく。

「じゃあまた……」

 ヴィティは部屋の鍵を開けると次回の約束を思わせる『またね』という言葉を言おうとして、途中でやめた。もしかしたら会うことそのもそが迷惑なのではないかという可能性が頭に過ぎってしまったからだ。ヴィティはロンシャオに視線を合わせるのを止めて玄関の扉を閉じる。しかし扉が閉まる前にズイっとロンシャオが入り込んだ。

「ロンシャオ? どうし──」

 どうしたの? と訊ねるよりも先に背後から伝わる暖かな熱と逞しい腕や体の感触で自分がロンシャオに抱きしめられているのだと分かった。 

「ど、どうしたの……?」
「……俺は……素直になれず突き放すような言葉を言ってしまう悪癖があるらしい」
「……えっと……?」
「本当はくだらない事だなんて思っていない。むしろ……大切な事だと思っている」
「……そ、そう……」

 彼なりに先ほどの言葉を訂正するために必死に話している事はヴィティにも伝わっている。だが突然ロンシャオの腕の中に閉じ込められて抱擁されている現状への困惑と動揺で意識がそちらに持っていかれてしまっていた。

 頬が熱くなるのを感じながら後ろを振り向くとロンシャオがギュッと瞼を閉じて顔を真っ赤にしている顔が見えて縮こまっていた心が柔らかくとき解れていく。

(これが抱擁……)

 不安や感傷を忘れてしまうくらいのぬくもりの安堵と意識している異性に抱かれている緊張感でヴィティの情緒はめちゃくちゃになっていく。けれどそれはとても心地よいざわめきであった。

(……あれ……? もしかしてロンシャオの手の位置……)

 気合を入れるためか更にギュッと力強く抱き寄せられ気づいた違和感は確信へと変わりヴィティの頬が赤く染まる。

「お、俺は……」
「…………ねえ、ロンシャオ。その……その手は意図的? それとも故意?」
「……は?」
「私は正直どちらでも構わないのだけれど……どうなの?」
「手……?」

 基本的に平坦な落ち着いたトーンで率直な言葉を話すヴィティの声が明らかに動揺している事がロンシャオにも伝わりキツく閉じていた瞼を開く。それからヴィティの言葉を思い出しながら自身の手の位置を確認すると。

 防寒着の厚さと控えめな大きさであるために分かりにくくなっていたがロンシャオの右手がヴィティの胸の膨らみをしっかりと掴んでいた。

「……なっ………!?」

 予想外の事態に驚いたロンシャオは思わず指先に力を込めてしまい、手のひらに包まれている胸も形を変える。

「んっ……」

 それと同時にヴィティの唇から甘い吐息が洩れてピクンと体と耳先が跳ねた。

「◆△×!◎☆◇♡!?」

 その艶めかしい声に図らずしも先ほどの男女と似たような行動をしていると気づいたロンシャオは石のように体を固まらせた後、抱きしめていた腕の拘束を解いて頭上に掲げ奇声を発しながらバックステップしてゴスッと扉に結構な勢いでぶつかった。

「大丈夫?」
「ち、ちちちちちちがっ、 わざとじゃないっ!」
「そう」
「す、すまない!」
「別に謝らなくてもいいわ。驚いたけど嫌じゃないもの」
「……っ…………し、失礼するっ……!」

 何度も頭を忙しなく下げるロンシャオのフォローのつもりでヴィティは事故で胸を掴まれた事も無意識に胸を揉まれた事も嫌ではなかったと口にするがむしろそれは今のロンシャオの羞恥心と罪悪感と欲望の火に油を注ぐものでしかなかった。

 このまま留まるとマズいと本能的に感じたロンシャオは玄関のドアノブに手を掛けるとそのまま階段を無視して二階の高さから飛び降りると華麗に着地し全力疾走で走り去っていった。

「……行ってしまったわ。さっきは何を言おうとしてたのかしら」

 続きが気になる話の途中でダイナミック帰宅されて一人残されたヴィティは玄関の鍵を閉めてから色んな意味で悶々とした心と体を落ち着かせるために水風呂に入ることにするのだった。
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