さぁ殿下、流行りの婚約破棄をいたしましょう


その夜、私は婚約者であるアラン・アルゼリア殿下と共に、レスコー伯爵家の次男ダミアン様の誕生日パーティーへ出席していた。

ダミアン様はアラン殿下の腰巾着、もとい、友人として学園で親しくしているため、第三王子殿下を自身の誕生日パーティーへ招待したらしい。

私自身はダミアン様と交流はないため、主役に挨拶とお祝いを述べたあとは壁の花に徹しつつ、素晴らしいスイーツの数々に舌鼓を打っていた。

そこで突如始まったのが、ダミアン様による一方的な婚約破棄という趣味の悪いショータイム。

私は、真実の愛とやらに酔いしれているダミアン様と、その周辺でニヤけた笑みを浮かべている下位貴族の令息令嬢たちへと視線を向けた。

彼らは親が決めた婚約者との婚姻に満足しておらず、こうして自ら婚約を破棄する場を設けるのが自立する一歩だと豪語して憚らない人たちだ。

『今時、政略結婚など流行らない』
『真実の愛を貫き通すべき』
『生涯をともにする相手は、自分で選びたい』

自分たちの主張が正しいと疑わない彼らはこの流行に乗り、近いうちに衆人環視の中で婚約破棄を宣言しようと算段しているに違いない。

そして、彼らがこの流行に熱を上げているのには、もうひとつの理由がある。

「第三王子殿下は動かれなかったか。そろそろかと思ったんだが」
「今夜もシャルロット嬢ではなくサンドリーヌ嬢をエスコートしているが、婚約破棄をされるつもりはないのだろうか」
「まさか。あれだけ冷遇しているんだ、きっと一番華やかな注目の集まる場で宣言されるおつもりなのだろう」

コソコソ話しているつもりでも、その声はしっかり私の耳まで届いている。

彼らは、この国の第三王子であるアラン殿下が自分たちと同じ流行に乗って婚約破棄を宣言するのを、今か今かと待ちわびているのだ。いつ、どこで、どのように行われるのか、水面下では賭け事にまで発展しているという噂もある。

第三王子殿下の婚姻をまるで娯楽のように扱うなど、言語道断。けれど自分たちが流行の最先端にいるとのぼせ上がり、学園の『自主性・自立・平等』の理念を勘違いして解釈している彼らには、そうしたことは理解できないらしい。

「シャルロット嬢は美人だけど、愛嬌ってものがないよな」
「学園でもトップの成績なんだろう。女だてらに勉強して、一体何になるんだ」
「殿下がサンドリーヌ嬢をそばに置くのも、男として理解できるな。彼女の愛らしさは天性のものだよ」
「シャルロット嬢は女公爵にでもなるつもりなんじゃないか? 殿下から婚約を破棄されたら、この先良縁にはありつけないだろう」
「それなら、せめて美しさを保っている間に一度お相手願いたいものだな」

その言葉に、貴族らしからぬ下品な笑い声が弾けた。

私はこの国の筆頭公爵家の令嬢だ。こちらをチラチラ見ては蔑んだ視線を向けているけれど、無礼極まりないといつになったら気がつくのかしら。

ふう、とため息を吐きたい気持ちを押し殺し、私は件の第三王子殿下とサンドリーヌ嬢を視界の端に捉える。

王家の証であるシルバーの髪と紫色の瞳を持ち、スラリと細身のアラン殿下は、婚約者である私とおざなりにファーストダンスを踊り終えると、サンドリーヌ・ヘンリー男爵令嬢の元へと急ぎ足で向かっていった。

ヘンリー男爵家は、ここ最近力をつけてきている下位貴族。ヘンリー男爵は野心家で、随分強引な商売をしていると聞くわ。

娘のサンドリーヌ嬢は艶のあるプラチナブロンドの髪に深い青色の瞳、庇護欲をそそる愛らしい容姿をしている。アラン殿下の腕に絡みつき、まるで自身が婚約者であるかのように振る舞っていた。

アラン殿下はそれを咎めるどころか、笑顔で受け入れている。きっと彼女が着ている豪華なドレスも、殿下から贈られたものなのでしょうね。

私にはドレスどころか、誕生日に花のひとつも贈られたことがないというのに。

だからこそ彼らの周囲にいる者は、私を嘲笑して憚らない。それが許されると思っているのだ。


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