宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-

第9話 移ろいの兆し

「それではハインリヒ様。まずは軽く目をつむり、ゆっくりと呼吸をなさってください」

 神官長の言葉に、ハインリヒはあぐらの姿勢で瞳を閉じた。

「ゆっくりと吸って、ゆっくりと吐く……吐く時間は吸う時よりも時間をかけて、細く、長く……そう、全身の力を抜いて、呼吸にだけ意識を向けてください……」

 神官長の声は耳に心地よい。眠りにつく一歩手前のような、そんな状態に引き込まれていく。

 ここは(いの)りの()だ。この国の王は月に一度、この場で青龍に祈りを捧げるしきたりがある。王位を継いだ後に、ハインリヒもその儀式を受け継いでいく。そのための前準備として、瞑想(めいそう)の指導を受けていた。

(ミヒャエル司祭(しさい)枢機卿(すうきけい)は素直に自白を始めたか……)

 瞳を閉じた暗闇の中、カイから受けた報告が頭をよぎった。
 新年を祝う夜会で、ハインリヒとリーゼロッテの命を狙ったこと。この冬にフーゲンベルク家で起きた異形の騒ぎ。十三年前、(さき)の神官長を殺害したことも、それに伴い罪のない人間を多数(あや)めたことも、洗いざらいミヒャエルは自供しているとのことだった。

 ミヒャエルが捕まった今、危険は去ったはずだ。
(それなのにリーゼロッテ嬢に神託が降りた――)

 力を貸したという星を堕とす者については、ミヒャエルは曖昧(あいまい)な供述に終始している。(あか)(けが)れを(まと)った異形の狙いは一体何なのか。

(王城とフーゲンベルク家での騒ぎは、司祭枢機卿の意思で行われたことだ)
 だがグレーデン家とデルプフェルト家に星を堕とす者が現れたことを、ミヒャエルは何も知らなかったらしい。

(やはり(くれない)の異形が狙っているのは、リーゼロッテ嬢ということか……)

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