宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-

第16話 宿命の王女

 破鐘(われがね)のような大勢の話し声が、頭にわんわんと反響する。
 豪奢(ごうしゃ)な椅子に座り片肘(かたひじ)をついたまま、ハインリヒは眉間に指を押し当てていた。

 それとは別に、広い評議場では不毛な討論が続けられている。双方の言い分がぶつかり合い、平行線をたどるのはいつものことだ。
 王太子時代はいちいちそれを吟味(ぎんみ)し、自分なりの意見を述べてみたりもしたが、王となった今ではそんな些事(さじ)に構う余裕もなかった。

 そもそも会話が耳に届かない。聞こえてくるのは頭の中をうるさく響く、歴代の王のしゃべり声だけだ。

 ――議会など中身はない。宰相にすべて任せておけ
 ――わしらの声がつらかろう? ほれ、王妃の元へ行くがいい
 ――何、これもすぐ慣れる
 ――いや、我慢すると(ろく)なことはないぞ。意地を張って倒れた馬鹿が幾人もおる
 ――今度の王妃はなかなかの体じゃな
 ――そうだそうだ、あれに触れぬ手はないぞ

「やかましいっ!」

 突然、怒声を上げたハインリヒに、評議場が静寂に包まれる。エキサイトしていた者も、一気に青ざめその口を貝のように閉ざした。

「いやはや、王を始め、みな様も少々お疲れのご様子。ここらで半時ほど休憩を入れましょう」

 ニコニコ顔のブラル宰相の声に、真っ先にハインリヒが席を立つ。

「時間が来たら先に進めておいてくれ」
「仰せのままに、ハインリヒ王」

 宰相に小声でそう言い残し、ハインリヒは評議場を後にする。その途端に貴族たちが、詰めていた息を一斉に吐き出した。

「王位を継がれてから、ハインリヒ様は随分と変わられた」
「若い王に(うれ)える者も多かったが、威厳(いげん)ある王になられたな」
「いや、これは青龍の加護と聞く。新王の御代も安泰(あんたい)だ」

 歴代の王たちはみな一夜にして、人格が入れ代わる。老いた貴族の言うことに半信半疑だった者たちも、それを目の当たりにすれば素直に頷かざるを得ない。
 龍の本質を知らない者すら、畏怖(いふ)の念を抱くほどだ。生き証人たちによって語り継がれ、この国の王は長きに渡り、多くの貴族を()べてきた。

 そんな貴族たちを残し、ハインリヒは急ぎアンネマリーの元に向かった。早くそばへと行きたい。ずっとこの手で触れていたい。

 ――そうじゃ、急げ、急げ!
 ――王妃は我らが宝だ、大切にせよ!

 はやし立てるように王たちが騒ぐ。ハインリヒが継いだのは、単にこの国の歴史だけではなかった。経験と叡智(えいち)がつまった、歴代の王たちの記憶そのものだ。

< 223 / 391 >

この作品をシェア

pagetop