宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
(何が叡智(えいち)なものか)

 そう毒づいた瞬間、王たちから愉快そうな笑い声が上がった。ハインリヒは四十五代目の王だ。自分以外の四十四人分の記憶が、縦横無尽(じゅうおうむじん)に騒ぎまわる異常事態が、この頭の中で今まさに起こっている。

 その中でもよくしゃべる王は決まっているようで、だんだん区別がついてくるのも何だか腹立たしい。

(そういえば、父上とお爺様(じいさま)の声は聞こえてこないな……)
 ――それは我らが満場一致で決めたこと
 ――親父(おやじ)爺様(じいさま)の小言など、お主も聞きたくないであろう?

 思っただけでもすぐ言葉が返ってくる。日常、周囲との会話もままならなくて、議会でも、貴族との謁見(えっけん)の場でも、ハインリヒはひたすらその場をやり過ごすしかなかった。

 思えばディートリヒも議会の間、じっと瞳を閉じていた。王として怠慢(たいまん)にもほどがある。その態度にそんな(いきどお)りをずっと感じていたが、こんな状況ではそうするなという方が無理な話だ。

(むしろこれでよく父上は政務を続けられたな)
 ――父は偉大じゃ!
 ――ついでに我らも(うやま)え!

 再び爆笑に包まれて、ハインリヒは逃げるようにアンネマリーの待つ自室へと駆け込んだ。

「ハインリヒ」
「いいよ、君はそのまま座っていて」

 その笑顔を見てほっとする。

「調子はどう?」
「変わりはありませんわ」

 王たちのはやし立てる声を聞きながら、その横に(じん)()った。

「わたくしは大丈夫ですから、あまりご無理はなさいませんよう」
「ありがとう。でもわたしが大丈夫ではないんだ」

 アンネマリーに触れているときだけ、王たちの声が嘘のように遠のいた。この苦痛から逃れたくて、日に何度もここへと戻ってしまう。情けない王だと言われても、こればかりはもう自分ではどうしようもなかった。

 遠慮はいらないと助言をしてくる王の声を無視して、アンネマリーをぎゅっと腕に抱きしめる。ふわりといい香りが漂って、途端にすべてが静けさを取り戻した。

「……落ち着くな」

 耳元で言うと、アンネマリーの手がやさしく背を撫でてきた。ずっとこうされていたいと本気で思う。そうすればあのやかましい声は、永遠に聞こえてこないのだから。

「王、そろそろお時間です」
 無慈悲な言葉に、仕方なく立ち上がる。

「また時間ができたら戻ってくるから。アンネマリーはゆっくり休んでいて」

 名残(なごり)惜しく(ひたい)に口づけて、耳にうるさい声に顔をしかめつつ、ハインリヒは評議場へとしぶしぶ戻っていった。

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