ガラスの魔法、偽りの花嫁

第17章 揺れる絆

 梅雨の気配が漂う午後、玲奈は実家の庭園を歩いていた。
 雨に濡れた紫陽花が咲き乱れる中、胸はまだ晴れなかった。
 透真のメモを何度も読み返しても、美咲の言葉が棘のように残っている。

(信じたい……でも、信じて裏切られるのが怖い)

 その時、背後から低い声が響いた。

「……玲奈」

 振り返れば、透真が立っていた。
 スーツの肩に雨粒が落ち、黒髪にしっとりと光が宿っている。
 その姿に、玲奈の心臓は強く打ち鳴った。



「勝手に戻って……悪かった」
 透真の声は、かすかに震えていた。

「……どうして、今さら」
 玲奈は唇を噛む。
「あなたは“契約”しか口にしなかった。私を守るためだなんて、言い訳にしか聞こえない」

 透真は一歩近づく。
「契約は……お前を守るためだった。本当だ」

「ならどうして、美咲さんと……!」
 玲奈の声は涙に濡れた。
「彼女は言ったの。“この香りは二人の記憶”だって。私はただの代用品だって」



 透真の瞳に、強い光が宿る。
「違う!」
 彼は低く叫んだ。
「香りは……お前のために作った。最初に会った夜、お前が纏っていたその色、その涙が忘れられなかった」

 玲奈は息を呑む。
 けれど、美咲の囁きが心を掴んで離さない。

「……でも、私は信じられない」
 小さな声で告げた瞬間、雨脚が強くなり、二人の間に冷たい滴が降り注ぐ。



 透真は迷わず玲奈の肩を抱いた。
 雨に濡れた体温が直に伝わる。

「信じられなくてもいい。……俺は何度でも言う。玲奈、お前しかいない」

 その声は熱を帯びていた。
 けれど玲奈の瞳からは涙が零れる。

「……怖いの。信じたら、壊れてしまいそうで」

 雨音に混じって、玲奈の嗚咽が響いた。
 透真は強く抱き寄せたまま、ただ彼女の震えを受け止めるしかなかった。



 庭園の紫陽花は雨に打たれ、色濃く咲き誇っていた。
 それはまるで、二人の心が嵐の中で揺れながらも、確かに結びつこうとしているかのようだった。
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