許嫁はチャラい毒舌論破系御曹司!! 想い人の親友と結婚するフリをすることにしました
想い人の親友(許嫁)と契約結婚(結婚するフリ)をすることになりました
同じ大学の同級生でずっと片思い中の人がいる。
その人の名前は桜葉道成。
若くして会社経営をしていて、大成功のイケメン。
物腰は穏やかで優しいところに惹かれた。
仕事はできるしコミュニケーション力があるし、頭がいい。
友達も多いので、みんなで出かけることも多い。
イベント企画が得意な彼はいつも大学の中でも輪の中心にいて、いろいろな企画をしてみんなで楽しむことが多かった。
顔立ちも整っていて、まるで王子様のような理想を絵にかいたような人だ。
ところが、大学四年生の夏に親から悲報を聞くことになる。
私には生まれながらにして許嫁がいるという契約書が金庫に入っていた。
それは、女の子が生まれたら子孫の誰かと結婚させろという無茶ぶりな内容だった。
祖父の親が約束したことで、ちゃんと遺言書として保管されていたらしい。
整理をしていたところ、金庫から出てきた曾祖父と相手の家の曾祖父にあたるであろう相手との契約書。
つまり、今時ありえないような契約結婚となる。
そんなものは破棄してしまえばいいと思った。
しかし、私の家の会社は経営が厳しい。
相手の家は資産家らしくその家から融資してもらえればいいと言われたのだった。
ちょうど私と同じ歳の男性が相手の家にはいるらしい。
親はそのことを以前から知っていたらしく、大学四年生となった今、卒業前にカミングアウトされた。
我が家では代々女子が生まれず、ようやく生まれたのが私だったらしい。
まぁ、こんなバカげた約束なんて破棄してしまえばいいのが普通の考えだ。
うちの親は理想を押し付ける傾向がある。
どうしたらいいのかわからない。
がっかりしたけど、恋は諦められない。
今日は楽しみにしていたバーベキューイベントの日。
彼と会える。
少しでもかわいく見せたくて、洋服選びは入念になりメイクも研究した。
そして、桜葉君といつも一緒にいるのが親友の、朝霧透。
その朝霧透が例の曾祖父の遺言書の相手らしい。
許嫁の件を朝霧も知っているとは思うが、正直前から苦手なタイプだと思っていた。
朝霧透は八方美人で資産家の息子ということもあり、女性にはモテている様子だった。
親が複数の会社を経営している御曹司だ。
噂によると彼女がたくさんいるらしい。五人同時並行に付き合っているとか、チャラい印象しかなかった。
それをわかっていて彼に尽くしている女性の気が知れない。
チャラいので、基本女性には優しく褒め上手。
ブスな女性に対しても、誰にでもお世辞を言う。
口調も詐欺師のような甘い罠を潜ませた優しさがある。
キャンプでも様々な女性に囲まれていて、話す機会もなかった。
一番の目的は桜葉君と近づきたいということなので、朝霧のことは正直どうでもいい。
「桜葉君、この前の配信見たよ」
「本当? 嬉しいな」
笑顔で答える桜葉は、経営者であり、配信者としても有名な人だ。
様々な通販グッズを開発していて、イケメンなのもあって売り上げが上昇している。
彼の場合は一代で会社経営をしているところが尊敬だ。
朝霧に関して言えば、毒舌論破系動画配信者としても有名なため、女子からの人気があることは否定しない。
家が資産家なので、桜葉君とは違う。
朝霧の場合、恵まれた環境からさらに己の資産を増やした人という位置づけだ。
桜葉君は普通の家庭で育ち、学生で会社を起業する逸材だ。
大学でたまたま知り合ったのだけど、桜葉君も朝霧も同じ公立高校出身らしい。
朝霧は資産家の息子だから私立に行っていそうだったけど、そのほうが面白いと本人が公立を選んだらしい。
変人らしい考え方だ。
いろいろな世界を知った上で、半端ない幅広い分野の知識を持ち、そこそこいい顔立ちなので、女子に受けるのかもしれない。
正直毒舌系よりも物腰の穏やかな桜葉君のほうがずっといい。
論破系というのも、付き合ったら面倒な感じがする。
夫婦喧嘩が論破で圧勝という絵にかいた未来の図が見える。
朝霧などと付き合いたいという女子の気が知れないというのが本音だった。
「一条さんは桜葉くんが好きなんだよな」
朝霧がにこやかに話しかけてきた。
この人は私には以前から褒めたことを言ったことはない。
他の人にはべた褒めするけど、私には少し壁があるような一線を置いた感じがしていた。
桜葉君を好きだということを悟られていたとは不覚だ。
「この恋応援するからさ。許嫁になった話は伏せとくから安心して」
やはり、許嫁の話、知られていたか。それはそうだ。当人なのだから。
「でも、親に逆らえそうもないんですよね」
これは私の性格。親の期待に応えてここまで来た。
「俺たち学生なわけじゃん。卒業してもまだ挙式は挙げないってことで、入籍届を出したフリしておけばいいじゃん。法律的には夫婦じゃないわけだしさ。恋は自由でしょ」
しれっとした顔で言われる。
この人にとって結婚はどうでもいいような話なのかもしれない。
入籍届を出したフリって結構問題ある行為を平然と提案する。
「そんなことしていいのでしょうか?」
「結婚は本人たちの同意や意志が必要なわけだから、卒業後は一瞬だけでも結婚したフリしちゃおうよ。一条さんも桜葉とうまくいけば問題ないしね。卒業したら入籍っていう話だから、適当に入籍したフリしよう。後々、実は入籍していないっていうことを親に言えばいいんじゃない? 俺らが古い約束に縛られる必要ないよね」
さすが適当男で動画配信で売ってるだけはあるな。
その独自の解釈には尊敬すらしてしまう。
話していると、朝霧ファンとみられる女子がやってきた。
私たちの大学は独特な文化があり、クラスというものが存在する。
四年間同じクラスであり、高校のように毎日集まるわけではないけど、一応卒業も近いというわけで、今回の企画となった。
私が所属するのは心理学部。
私も朝霧も桜葉君も同じ心理学部に所属していた。
朝霧の場合、心理学を駆使したメンタリストみたいなことも配信でやっていて、お悩み相談や占いのようなこともやるため、女子はそういうネタに食いつきやすいようだった。
色彩学や風水などを取り入れたネタや老若男女の相談にもネット経由で乗っており、話のテンポが面白いため、再生回数は軒並み高い。
真面目な質問からどうでもいい質問まで面白おかしく答えていく。
地頭がいいのだろう。様々な方面の知識を入れながらの回答は癖になる。
論破王なんて言われるのも納得だ。
王という冠が似合いそうな男。
そこに毒舌論が入るとスパイスになる。
口癖となる「その恋終わってます!」は流行語にもなった。
桜葉君はみんなのために食べ物を焼く係に徹していて、忙しそう。
桜葉君目当ての女子も多く、イケメン実業家なのにまだ彼女がいないという桜葉君はかなり狙われている。
これは話しかけておかないと。距離を縮めたい。
「桜葉君はなぜ心理学をやってみたの?」
「なんとなくかな。高校時代興味ある学問が心理学だったんだ。カウンセラーになるための資格も取ろうと思っていて、大学院に進学するよ」
噂は本当だった。公認心理士は大学院にいかなければなれないので、自分の稼いだお金で進学するという話だった。
自立していて、目標があるってかっこいいなと憧れる。
朝霧の場合、大学院には進学せず、親の会社を手伝いつつ、動画配信を続けるらしい。
全国的にネット発の有名人で、相談に乗ってほしいという声が絶えないので、お金がどんどん入ってくるおいしい仕事をしている。
「人の心理をうまく活用してビジネスにしちゃったんだけどね」
というあざといのが朝霧透の本性だ。
だからこそ、結婚したフリをして、独身を貫くなんていうことをする。
親の目すら欺こうとするなんて、申し訳ないとかそんなこと思わないのだろう。
やはり苦手な感じがする。
不倫しそうだし、うまく妻をだまして遊びそうだ。
結局バーベキューでは桜葉君とは距離を縮めることもなく、朝霧と嘘の契約結婚をする話だけが残ってしまった。
「これ、俺の連絡先だから」
一瞬でつながった朝霧透との連絡先。
「なんか面白そうじゃん。未入籍の結婚が本当だと思わせるか試してみた、的な動画を後日配信したらバスるって」
にやりとお金のマークを指で示す。
結婚すらもビジネスにするなんて、本当に苦手な人だ。
「うちは、あなたの親の会社に融資してもらうから、嘘ってばれたら親の会社がヤバいんですけど」
「その時は、動画配信で稼いだ俺のお金を使っていいから」
お金持ちの考えることは全く持ってわからない。
にやりとする微笑みはただの悪ガキだ。
未入籍の結婚は確かに隠そうと思えばなんとかなるのかもしれない。
保険証とかの問題は自分が就職して働いていれば親にはばれないし、卒業したら結婚するフリをする。
家のこともあり、こんなバカげた計画に乗らないといけなくなった。
とりあえず卒業までに両家の顔合わせを済ませるらしい。
しばらくは結婚前提の交際期間。
うんざりする。
婚姻届けを役所に出したフリをする。そして、入籍したフリをする。ここが肝心らしい。
挙式は落ち着いてからと言って、実は入籍していませんでしたということを親に告げるらしい。
実は他に好きな相手がいて諦められないとか、全然好きになれないから結婚は無理とかそういう理由でいいと言っていた。
朝霧が私に対して結婚しなくていいと言ってくれるのは助かる。
親には卒業までの半年間で時間を稼いで説得しようと思った。
きっとわかってくれる。少しでもバイトをして自立しようと思う。
卒業したらちゃんと仕事をして、経済的な自立をして結婚はなかったことにしてもらおう。
でも、両家の顔合わせはすぐに話が進み、いつもカジュアルな朝霧透が珍しくスーツなんかを着ている。
実は朝霧家にカメラを仕込んでおり、結婚が嘘だとカミングアウトしたら動画として編集して出すらしい。
プライバシーにかかわるような顔は編集でうまく隠すらしい。
ノリノリで楽しそうな朝霧透を見るだけで吐き気がした。
うちがそもそも会社の経営が危ういのが問題なんだけど、どんなことも笑顔で楽しむ朝霧がうらやましくもあった。
「同じ大学で顔見知りですが、改めまして朝霧透です。今日はまた一段と素敵なワンピースですね」
毒舌男の甘い言葉はただの罠だとはわかっているが、褒められること自体は悪い気はしない。
「一条愛華です。よろしくお願いします」
こうしてみると、朝霧は育ちがいいし、スタイルもいいし、顔もいい。
苦手なのは毒舌でしたたかな性格なところだろうか。
誠実で優しいというよりは、計算ありきの優しさという印象が強かった。
契約結婚相手、許嫁だと知ってから、朝霧の動画配信チャンネル、朝霧流を見てみたが、改めて頭の回転が速くて、斜め上の発言をするところがうけるのだろうと思われた。心理学なども独自にうまく取り入れた回答は視聴者が納得するような内容だった。
朝霧と取引してから、私はスマホ経由で桜葉君の情報を色々教えてもらえた。
高校では片思いの相手がいたが、結局告白できずに失恋してしまったとか。
その相手の女子は他の男子と付き合ったらしいとか。
他の女子かららくさん告白はされていたけど、一途すぎて告白を断ってしまった融通の利かない性格だと言っていた。
好きな飲み物はミルクティーで意外と甘いものが好きらしい。
趣味は実家で飼っている犬の散歩で動物好きらしい。
朝霧が惜しげもなく、情報をくれるため、毎日メッセージを送っているが、あくまで桜葉君のことについてだけだった。
両親も顔合わせをして、同じ大学だし、自然と距離を縮めて仲良くしてほしいということで、卒業後に結婚することに話はまとまった。
結納は卒業後にしようと朝霧が提案して、私の心配は少し軽減した。
親公認の恋人になったわけだが、実際付き合っているわけでもなく恋愛感情もない。
朝霧のチャンネルの動画配信の助手として手伝うことで、会社に融資する分は自分で稼ぐことになった。
これで、手伝いのバイトプラス動画がバズることは予測できるので融資の件は賄える。
動画配信の手伝いは事前に相談のメッセージを整理して朝霧透に渡すことだった。
正直読みにくい文章もあるし、長いものもあり、それをわかりやすくまとめて紙ベースにして渡す。
年齢や性別、職業なども事前に書いてあるので、それを整理する。
月に一度はデータとしてどんな人がどんな相談をしたかを見やすく割合で示す。
バイトの内容は、主に裏方の事務だった。
相談には基本全部応じるため、事前にお金を振り込んでもらう。
お金の管理もバイトの仕事だった。
渡した紙を見て、朝霧は心理学の本を何冊かピックアップして、そこから視聴者が食いつくような回答を考える。
思った以上に趣味レベルではなかった。
朝霧透は、れっきとした仕事をしていた。
もっと適当に回答している印象が強く、思い付きだと思っていたけど、様々な参考資料を取り出して、調べている。
朝霧の配信部屋に入ることは親としては付き合っているわけだから当然デートだというように思っているようだが、ただのバイトだ。
女の子にむやみやたらに手を出しているという噂とは全然違う真剣な顔。
もちろん私を女性だから何かしようとすることもなく、手を触れることもない。
思っていた人とちょっと違った。
チャラいキャラを作ることで、動画の面白さを出していたのかもしれない。
大学の中でもそういう立ち回りをしているだけで、本当にチャラいわけではないようだった。
口調は適当かつチャラいのは動画の中の朝霧透なのだろうと思った。
動画配信以外の時は、クールで真面目で無駄話はしない。
パソコンに向かって作業する時間が多く、匂わせとして、バイトの女子を雇ったということは発表したが、もちろん顔出しすることもなく、時々、こっちを見ているから怖いとかネタにされる程度だった。
『私もバイト希望』
『どんな女の子ですか?』
という程度コメントはあったが、仕事上の相棒がいるという程度の位置づけとなっていた。
その場でぱっと答えているような感じに見えるが、入念な調べている作業があることを感じさせない適当口調が戦略なのだろう。
この人に質問することで救われている人がいることがわかった。
バイトは高時給なので、普通のバイトをするよりも割が良かった。
「一条さんって結構パソコンスキルあるし、助かるなぁ」
褒められると嬉しくなる。
「今度、桜葉の奴も誘って出かけよう。近々夏祭りがあるだろ」
「でも、桜葉君は私の誘いに応じないと思います」
「だから、俺と三人で行くってことにして、直前で俺が体調不良でドタキャンするっていう作戦でさ」
さすがは戦略家。
「でも、桜葉君は嫌がるかもしれないですよ」
「すごく直前にドタキャンするから、断れないし、性格いいから嫌がるとかはないと思うよ。そこで一条さんの良さをわかってもらえばいいじゃん。表向きは婚約の話はバレてないわけだし」
「なんでこんなに親切にしてくれるのでしょうか?」
少し考えて、朝霧は答えた。
「前に一条さんが落とし物を届けてくれたっていうのがあったでしょ。ウサギのゆるキャラマスコット。いつかお礼しようと思っていて。お金で買えないものだから」
「落とし物ってキーホルダーについたマスコットのモフウサ?」
拾った記憶はそれしかなかった。
「あれさ、大切な思い出の物で特別なものだったから。すごく助かったんだよね」
「大切な思い出? 特別なもの?」
「それは秘密」
にこりと悪魔の微笑みだ。
「こんな相談がきてたんだけど」
私が読み上げた。
『私は朝霧透さんの大ファンでお付き合いしたいです。彼氏になってもらえませんか?』
「モテる男は困るなぁ」
「これ、どうやって返すんですか?」
「付き合いたい、けど、このメッセージで付き合うことはなしにしてるんだ。この動画チャンネルを作った時に、どんなに素敵な人が現れても、このメッセージ経由では交際できないって規約に書いてあるからね。法律もちゃんとかじってるから」
実は、メッセージを送る前に誹謗中傷や個人を特定できるものなどは禁止として様々なことが書かれている。
長文なので、読むのも面倒で送信する人が多いだろう。
そこの一文に良く見ると書いてあった。
「一応、仕事でやってるからさ。個人的な出会いを求めてるわけじゃないしね」
余裕の笑顔だ。
「ストーカーになって大学に来ちゃったらどうするんですか?」
「俺、合気道やってたから、ちょっとしたことには対応できるんだよね」
余裕だなと思う。
「心理学ってお金にならないと思わない?」
すぐお金の話になる朝霧。
「たしかに、心理の仕事はないに等しいですよね。カウンセラーも非正規雇用が多いし、求人もないという現実」
「だから、俺はネットにこそ困った人がたくさんいるんじゃないかなって思って。普通の心理学系の相談だと千円程度では相談にすら乗ってもらえないし、会社のカウンセラーなら会社の人にしかアドバイスはできない。でも、ネットの世界は無限だよ。家にいて交通費をかけずに気軽に匿名で相談できる。俺の場合百円相談もあるし、ぶっちゃけ小学生の相談者もいる」
朝霧透、底が見えない男だなと思う。
「さっそく、桜葉にメッセージ送っておいたから、夏祭り楽しんできなよ」
「もう送ったんですか? 心の準備がまだなんですけど」
「今から心は準備すればいい。好きだと悟られないように仲良くするなんて都合がいいと思わないか? 仲良くなるには勇気が必要だろ」
「もし、両思いになることがあるのなら、気持ちを伝えないで両思いにはなれない。これは朝霧流の動画で良く言っていることですね」
「じゃあ、その日までに、心の準備と今月の相談者の統計整理よろしくね」
朝霧はにこりと微笑む。
遊び人と言われているけど、この人ってほとんどパソコンと向き合っていて、遊んでいるのは見たことがない。
もっと女性と飲みに行ったりしてるのかと思っていたのは偏見だったのだろうか。
その人の名前は桜葉道成。
若くして会社経営をしていて、大成功のイケメン。
物腰は穏やかで優しいところに惹かれた。
仕事はできるしコミュニケーション力があるし、頭がいい。
友達も多いので、みんなで出かけることも多い。
イベント企画が得意な彼はいつも大学の中でも輪の中心にいて、いろいろな企画をしてみんなで楽しむことが多かった。
顔立ちも整っていて、まるで王子様のような理想を絵にかいたような人だ。
ところが、大学四年生の夏に親から悲報を聞くことになる。
私には生まれながらにして許嫁がいるという契約書が金庫に入っていた。
それは、女の子が生まれたら子孫の誰かと結婚させろという無茶ぶりな内容だった。
祖父の親が約束したことで、ちゃんと遺言書として保管されていたらしい。
整理をしていたところ、金庫から出てきた曾祖父と相手の家の曾祖父にあたるであろう相手との契約書。
つまり、今時ありえないような契約結婚となる。
そんなものは破棄してしまえばいいと思った。
しかし、私の家の会社は経営が厳しい。
相手の家は資産家らしくその家から融資してもらえればいいと言われたのだった。
ちょうど私と同じ歳の男性が相手の家にはいるらしい。
親はそのことを以前から知っていたらしく、大学四年生となった今、卒業前にカミングアウトされた。
我が家では代々女子が生まれず、ようやく生まれたのが私だったらしい。
まぁ、こんなバカげた約束なんて破棄してしまえばいいのが普通の考えだ。
うちの親は理想を押し付ける傾向がある。
どうしたらいいのかわからない。
がっかりしたけど、恋は諦められない。
今日は楽しみにしていたバーベキューイベントの日。
彼と会える。
少しでもかわいく見せたくて、洋服選びは入念になりメイクも研究した。
そして、桜葉君といつも一緒にいるのが親友の、朝霧透。
その朝霧透が例の曾祖父の遺言書の相手らしい。
許嫁の件を朝霧も知っているとは思うが、正直前から苦手なタイプだと思っていた。
朝霧透は八方美人で資産家の息子ということもあり、女性にはモテている様子だった。
親が複数の会社を経営している御曹司だ。
噂によると彼女がたくさんいるらしい。五人同時並行に付き合っているとか、チャラい印象しかなかった。
それをわかっていて彼に尽くしている女性の気が知れない。
チャラいので、基本女性には優しく褒め上手。
ブスな女性に対しても、誰にでもお世辞を言う。
口調も詐欺師のような甘い罠を潜ませた優しさがある。
キャンプでも様々な女性に囲まれていて、話す機会もなかった。
一番の目的は桜葉君と近づきたいということなので、朝霧のことは正直どうでもいい。
「桜葉君、この前の配信見たよ」
「本当? 嬉しいな」
笑顔で答える桜葉は、経営者であり、配信者としても有名な人だ。
様々な通販グッズを開発していて、イケメンなのもあって売り上げが上昇している。
彼の場合は一代で会社経営をしているところが尊敬だ。
朝霧に関して言えば、毒舌論破系動画配信者としても有名なため、女子からの人気があることは否定しない。
家が資産家なので、桜葉君とは違う。
朝霧の場合、恵まれた環境からさらに己の資産を増やした人という位置づけだ。
桜葉君は普通の家庭で育ち、学生で会社を起業する逸材だ。
大学でたまたま知り合ったのだけど、桜葉君も朝霧も同じ公立高校出身らしい。
朝霧は資産家の息子だから私立に行っていそうだったけど、そのほうが面白いと本人が公立を選んだらしい。
変人らしい考え方だ。
いろいろな世界を知った上で、半端ない幅広い分野の知識を持ち、そこそこいい顔立ちなので、女子に受けるのかもしれない。
正直毒舌系よりも物腰の穏やかな桜葉君のほうがずっといい。
論破系というのも、付き合ったら面倒な感じがする。
夫婦喧嘩が論破で圧勝という絵にかいた未来の図が見える。
朝霧などと付き合いたいという女子の気が知れないというのが本音だった。
「一条さんは桜葉くんが好きなんだよな」
朝霧がにこやかに話しかけてきた。
この人は私には以前から褒めたことを言ったことはない。
他の人にはべた褒めするけど、私には少し壁があるような一線を置いた感じがしていた。
桜葉君を好きだということを悟られていたとは不覚だ。
「この恋応援するからさ。許嫁になった話は伏せとくから安心して」
やはり、許嫁の話、知られていたか。それはそうだ。当人なのだから。
「でも、親に逆らえそうもないんですよね」
これは私の性格。親の期待に応えてここまで来た。
「俺たち学生なわけじゃん。卒業してもまだ挙式は挙げないってことで、入籍届を出したフリしておけばいいじゃん。法律的には夫婦じゃないわけだしさ。恋は自由でしょ」
しれっとした顔で言われる。
この人にとって結婚はどうでもいいような話なのかもしれない。
入籍届を出したフリって結構問題ある行為を平然と提案する。
「そんなことしていいのでしょうか?」
「結婚は本人たちの同意や意志が必要なわけだから、卒業後は一瞬だけでも結婚したフリしちゃおうよ。一条さんも桜葉とうまくいけば問題ないしね。卒業したら入籍っていう話だから、適当に入籍したフリしよう。後々、実は入籍していないっていうことを親に言えばいいんじゃない? 俺らが古い約束に縛られる必要ないよね」
さすが適当男で動画配信で売ってるだけはあるな。
その独自の解釈には尊敬すらしてしまう。
話していると、朝霧ファンとみられる女子がやってきた。
私たちの大学は独特な文化があり、クラスというものが存在する。
四年間同じクラスであり、高校のように毎日集まるわけではないけど、一応卒業も近いというわけで、今回の企画となった。
私が所属するのは心理学部。
私も朝霧も桜葉君も同じ心理学部に所属していた。
朝霧の場合、心理学を駆使したメンタリストみたいなことも配信でやっていて、お悩み相談や占いのようなこともやるため、女子はそういうネタに食いつきやすいようだった。
色彩学や風水などを取り入れたネタや老若男女の相談にもネット経由で乗っており、話のテンポが面白いため、再生回数は軒並み高い。
真面目な質問からどうでもいい質問まで面白おかしく答えていく。
地頭がいいのだろう。様々な方面の知識を入れながらの回答は癖になる。
論破王なんて言われるのも納得だ。
王という冠が似合いそうな男。
そこに毒舌論が入るとスパイスになる。
口癖となる「その恋終わってます!」は流行語にもなった。
桜葉君はみんなのために食べ物を焼く係に徹していて、忙しそう。
桜葉君目当ての女子も多く、イケメン実業家なのにまだ彼女がいないという桜葉君はかなり狙われている。
これは話しかけておかないと。距離を縮めたい。
「桜葉君はなぜ心理学をやってみたの?」
「なんとなくかな。高校時代興味ある学問が心理学だったんだ。カウンセラーになるための資格も取ろうと思っていて、大学院に進学するよ」
噂は本当だった。公認心理士は大学院にいかなければなれないので、自分の稼いだお金で進学するという話だった。
自立していて、目標があるってかっこいいなと憧れる。
朝霧の場合、大学院には進学せず、親の会社を手伝いつつ、動画配信を続けるらしい。
全国的にネット発の有名人で、相談に乗ってほしいという声が絶えないので、お金がどんどん入ってくるおいしい仕事をしている。
「人の心理をうまく活用してビジネスにしちゃったんだけどね」
というあざといのが朝霧透の本性だ。
だからこそ、結婚したフリをして、独身を貫くなんていうことをする。
親の目すら欺こうとするなんて、申し訳ないとかそんなこと思わないのだろう。
やはり苦手な感じがする。
不倫しそうだし、うまく妻をだまして遊びそうだ。
結局バーベキューでは桜葉君とは距離を縮めることもなく、朝霧と嘘の契約結婚をする話だけが残ってしまった。
「これ、俺の連絡先だから」
一瞬でつながった朝霧透との連絡先。
「なんか面白そうじゃん。未入籍の結婚が本当だと思わせるか試してみた、的な動画を後日配信したらバスるって」
にやりとお金のマークを指で示す。
結婚すらもビジネスにするなんて、本当に苦手な人だ。
「うちは、あなたの親の会社に融資してもらうから、嘘ってばれたら親の会社がヤバいんですけど」
「その時は、動画配信で稼いだ俺のお金を使っていいから」
お金持ちの考えることは全く持ってわからない。
にやりとする微笑みはただの悪ガキだ。
未入籍の結婚は確かに隠そうと思えばなんとかなるのかもしれない。
保険証とかの問題は自分が就職して働いていれば親にはばれないし、卒業したら結婚するフリをする。
家のこともあり、こんなバカげた計画に乗らないといけなくなった。
とりあえず卒業までに両家の顔合わせを済ませるらしい。
しばらくは結婚前提の交際期間。
うんざりする。
婚姻届けを役所に出したフリをする。そして、入籍したフリをする。ここが肝心らしい。
挙式は落ち着いてからと言って、実は入籍していませんでしたということを親に告げるらしい。
実は他に好きな相手がいて諦められないとか、全然好きになれないから結婚は無理とかそういう理由でいいと言っていた。
朝霧が私に対して結婚しなくていいと言ってくれるのは助かる。
親には卒業までの半年間で時間を稼いで説得しようと思った。
きっとわかってくれる。少しでもバイトをして自立しようと思う。
卒業したらちゃんと仕事をして、経済的な自立をして結婚はなかったことにしてもらおう。
でも、両家の顔合わせはすぐに話が進み、いつもカジュアルな朝霧透が珍しくスーツなんかを着ている。
実は朝霧家にカメラを仕込んでおり、結婚が嘘だとカミングアウトしたら動画として編集して出すらしい。
プライバシーにかかわるような顔は編集でうまく隠すらしい。
ノリノリで楽しそうな朝霧透を見るだけで吐き気がした。
うちがそもそも会社の経営が危ういのが問題なんだけど、どんなことも笑顔で楽しむ朝霧がうらやましくもあった。
「同じ大学で顔見知りですが、改めまして朝霧透です。今日はまた一段と素敵なワンピースですね」
毒舌男の甘い言葉はただの罠だとはわかっているが、褒められること自体は悪い気はしない。
「一条愛華です。よろしくお願いします」
こうしてみると、朝霧は育ちがいいし、スタイルもいいし、顔もいい。
苦手なのは毒舌でしたたかな性格なところだろうか。
誠実で優しいというよりは、計算ありきの優しさという印象が強かった。
契約結婚相手、許嫁だと知ってから、朝霧の動画配信チャンネル、朝霧流を見てみたが、改めて頭の回転が速くて、斜め上の発言をするところがうけるのだろうと思われた。心理学なども独自にうまく取り入れた回答は視聴者が納得するような内容だった。
朝霧と取引してから、私はスマホ経由で桜葉君の情報を色々教えてもらえた。
高校では片思いの相手がいたが、結局告白できずに失恋してしまったとか。
その相手の女子は他の男子と付き合ったらしいとか。
他の女子かららくさん告白はされていたけど、一途すぎて告白を断ってしまった融通の利かない性格だと言っていた。
好きな飲み物はミルクティーで意外と甘いものが好きらしい。
趣味は実家で飼っている犬の散歩で動物好きらしい。
朝霧が惜しげもなく、情報をくれるため、毎日メッセージを送っているが、あくまで桜葉君のことについてだけだった。
両親も顔合わせをして、同じ大学だし、自然と距離を縮めて仲良くしてほしいということで、卒業後に結婚することに話はまとまった。
結納は卒業後にしようと朝霧が提案して、私の心配は少し軽減した。
親公認の恋人になったわけだが、実際付き合っているわけでもなく恋愛感情もない。
朝霧のチャンネルの動画配信の助手として手伝うことで、会社に融資する分は自分で稼ぐことになった。
これで、手伝いのバイトプラス動画がバズることは予測できるので融資の件は賄える。
動画配信の手伝いは事前に相談のメッセージを整理して朝霧透に渡すことだった。
正直読みにくい文章もあるし、長いものもあり、それをわかりやすくまとめて紙ベースにして渡す。
年齢や性別、職業なども事前に書いてあるので、それを整理する。
月に一度はデータとしてどんな人がどんな相談をしたかを見やすく割合で示す。
バイトの内容は、主に裏方の事務だった。
相談には基本全部応じるため、事前にお金を振り込んでもらう。
お金の管理もバイトの仕事だった。
渡した紙を見て、朝霧は心理学の本を何冊かピックアップして、そこから視聴者が食いつくような回答を考える。
思った以上に趣味レベルではなかった。
朝霧透は、れっきとした仕事をしていた。
もっと適当に回答している印象が強く、思い付きだと思っていたけど、様々な参考資料を取り出して、調べている。
朝霧の配信部屋に入ることは親としては付き合っているわけだから当然デートだというように思っているようだが、ただのバイトだ。
女の子にむやみやたらに手を出しているという噂とは全然違う真剣な顔。
もちろん私を女性だから何かしようとすることもなく、手を触れることもない。
思っていた人とちょっと違った。
チャラいキャラを作ることで、動画の面白さを出していたのかもしれない。
大学の中でもそういう立ち回りをしているだけで、本当にチャラいわけではないようだった。
口調は適当かつチャラいのは動画の中の朝霧透なのだろうと思った。
動画配信以外の時は、クールで真面目で無駄話はしない。
パソコンに向かって作業する時間が多く、匂わせとして、バイトの女子を雇ったということは発表したが、もちろん顔出しすることもなく、時々、こっちを見ているから怖いとかネタにされる程度だった。
『私もバイト希望』
『どんな女の子ですか?』
という程度コメントはあったが、仕事上の相棒がいるという程度の位置づけとなっていた。
その場でぱっと答えているような感じに見えるが、入念な調べている作業があることを感じさせない適当口調が戦略なのだろう。
この人に質問することで救われている人がいることがわかった。
バイトは高時給なので、普通のバイトをするよりも割が良かった。
「一条さんって結構パソコンスキルあるし、助かるなぁ」
褒められると嬉しくなる。
「今度、桜葉の奴も誘って出かけよう。近々夏祭りがあるだろ」
「でも、桜葉君は私の誘いに応じないと思います」
「だから、俺と三人で行くってことにして、直前で俺が体調不良でドタキャンするっていう作戦でさ」
さすがは戦略家。
「でも、桜葉君は嫌がるかもしれないですよ」
「すごく直前にドタキャンするから、断れないし、性格いいから嫌がるとかはないと思うよ。そこで一条さんの良さをわかってもらえばいいじゃん。表向きは婚約の話はバレてないわけだし」
「なんでこんなに親切にしてくれるのでしょうか?」
少し考えて、朝霧は答えた。
「前に一条さんが落とし物を届けてくれたっていうのがあったでしょ。ウサギのゆるキャラマスコット。いつかお礼しようと思っていて。お金で買えないものだから」
「落とし物ってキーホルダーについたマスコットのモフウサ?」
拾った記憶はそれしかなかった。
「あれさ、大切な思い出の物で特別なものだったから。すごく助かったんだよね」
「大切な思い出? 特別なもの?」
「それは秘密」
にこりと悪魔の微笑みだ。
「こんな相談がきてたんだけど」
私が読み上げた。
『私は朝霧透さんの大ファンでお付き合いしたいです。彼氏になってもらえませんか?』
「モテる男は困るなぁ」
「これ、どうやって返すんですか?」
「付き合いたい、けど、このメッセージで付き合うことはなしにしてるんだ。この動画チャンネルを作った時に、どんなに素敵な人が現れても、このメッセージ経由では交際できないって規約に書いてあるからね。法律もちゃんとかじってるから」
実は、メッセージを送る前に誹謗中傷や個人を特定できるものなどは禁止として様々なことが書かれている。
長文なので、読むのも面倒で送信する人が多いだろう。
そこの一文に良く見ると書いてあった。
「一応、仕事でやってるからさ。個人的な出会いを求めてるわけじゃないしね」
余裕の笑顔だ。
「ストーカーになって大学に来ちゃったらどうするんですか?」
「俺、合気道やってたから、ちょっとしたことには対応できるんだよね」
余裕だなと思う。
「心理学ってお金にならないと思わない?」
すぐお金の話になる朝霧。
「たしかに、心理の仕事はないに等しいですよね。カウンセラーも非正規雇用が多いし、求人もないという現実」
「だから、俺はネットにこそ困った人がたくさんいるんじゃないかなって思って。普通の心理学系の相談だと千円程度では相談にすら乗ってもらえないし、会社のカウンセラーなら会社の人にしかアドバイスはできない。でも、ネットの世界は無限だよ。家にいて交通費をかけずに気軽に匿名で相談できる。俺の場合百円相談もあるし、ぶっちゃけ小学生の相談者もいる」
朝霧透、底が見えない男だなと思う。
「さっそく、桜葉にメッセージ送っておいたから、夏祭り楽しんできなよ」
「もう送ったんですか? 心の準備がまだなんですけど」
「今から心は準備すればいい。好きだと悟られないように仲良くするなんて都合がいいと思わないか? 仲良くなるには勇気が必要だろ」
「もし、両思いになることがあるのなら、気持ちを伝えないで両思いにはなれない。これは朝霧流の動画で良く言っていることですね」
「じゃあ、その日までに、心の準備と今月の相談者の統計整理よろしくね」
朝霧はにこりと微笑む。
遊び人と言われているけど、この人ってほとんどパソコンと向き合っていて、遊んでいるのは見たことがない。
もっと女性と飲みに行ったりしてるのかと思っていたのは偏見だったのだろうか。
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