許嫁はチャラい毒舌論破系御曹司!! 想い人の親友と結婚するフリをすることにしました

夏祭りは二人きり

 大学も夏休みになるころ、夏祭りに着ていく浴衣を準備して、髪をアップにする練習をしていた。
 動画で簡単にできるお団子ヘアなどをチェックして、着物に合う小物や髪飾りを揃えた。
 当日、朝霧は体調不良でドタキャンすることは決まっており、三人という形だけの微妙な夏祭りの計画。
 時間や待ち合わせ場所は決定していた。
 桜葉君はあまり人を疑わないため、嫌がることもなく「いいよ」と言ってくれた。
 二人は親友なら断らないのもわかる。
 いよいよ当日、朝霧がぎりぎりにドタキャンするであろうことを知った上で、早めに待ち合わせ場所に向かった。
 朝霧は動画配信の編集をするらしい。
 メッセージが鳴る。多分ドタキャンのメッセージだろう。
 すると、送り主は桜葉と書いてある。
『昨日から体調が悪くて、申し訳ないんだけど、熱があるみたいだからキャンセルします。本当にゴメン』
 え? ということは一人ってこと?
 せっかく浴衣着て、髪形も完璧にしたのに。
 楽しみが一気に寂しさになる。
 一人で祭り会場付近で立ち尽くす。
 これは、一人で何か食べて帰ったほうがいいかな。せっかく来たんだし。

 すると、個人的に透と書かれたアイコンからメッセージが届く。
『やっぱり俺行くから。一緒に桜葉のお見舞いに行こう』

 少し待つと朝霧透がいつも通りのカジュアルな服装で現れた。
「さすがに一人は寂しいだろうと思ってさ。屋台の食べ物でも少し買って行ってやろう」
「編集作業はいいの?」
「少しくらいならいいよ。桜葉が具合悪いなら、あんまり長居はできないし、親も同居してるから差し入れはいらないとは思う。でも、祭りのりんご飴とか日持ちするもの買って行こうかと思って。あいつは甘党だからな」

 急遽桜葉君ではなく、朝霧透と一緒に祭りに行くことになってしまった。
 人生は何が起きるかわからないものだ。
 朝霧は、普通に射的を楽しんでおり、戦利品をあっという間にゲットした。
 それは、子供用のおもちゃの指輪で女の子用というデザインだった。
 桜葉君に持っていくために何度か挑戦して、ようやく得た戦利品は駄菓子セットだった。
 
「射的うまいね」
「昔、海外で親に銃のやり方を習ったことがあって。実際の銃は本当に重いけど、祭りの鉄砲は軽いから楽勝」

 ひとつ困ったことにおもちゃの指輪が残ってしまった。

「これ、こまったなぁ。こんな安物いらないよな。捨てるか」
「だめ。もったいないですよ」
「朝霧透としてオークションにでも出すか」
「せっかくだし、もらってもいいですか?」
「こんなんでいいのか?」
「ぜひ」

 驚いた顔の朝霧がにこりと笑いながら、ふざけて薬指に指輪を通した。
 左ではなく右手だったけど、まるで何かのワンシーンみたいだった。

「意外と似合うな」
 私の薬指に光ったおもちゃの安い指輪は初めて男性からもらったプレゼントとなった。
 完全な成り行きなのだけど。
 提灯の明かりに照らすとガラス玉のダイヤもどきがきらりと光る。
 赤くてつやがある。

「でも、これからちゃんと桜葉からプレゼントもらえるかもしれないしな。いらなくなったら捨てていいからな」

 毒舌論破系チャンネルをやってるのに、意外と優しい人だ。

「りんご飴でも買って差し入れするか」

 二人で歩いていると、花火が上がる。
 地元の祭りだけど花火は割と本格的だ。

「花火も祭り会場で観るのも悪くないな」
 朝霧が目を細めながら空を見上げた。

「朝霧君は、誰かしらと祭りとか行ってるイメージなんですけど」
「何? そういう風に見える? ご想像にお任せするよ」
「遊び人だと思ってたから」
「遊び人ってどの程度で遊び人っていうのかな? 遊び人の線引きや定義は人それぞれなんじゃないの?」

 こういうときにも正論で答えてくる論破王。
 でも、花火を観るのは心地のいい時間だった。
 一人になってしまったら花火を観る前に帰ってしまったと思う。
「りんご飴二つ」
 屋台で二つ購入した朝霧は「はい」と一つりんご飴を渡した。
「私にくれるのですか?」
「りんご飴嫌い?」
「そんなことないけど」
「普段、バイト頑張ってもらって再生回数も軒並み上場。助手が入ったっていうのもネタになるし、感謝のしるしってことで」

 目の前に差し出されたりんご飴は大きくて光っていて美しかった。
 まるで先程の貰ったおもちゃの指輪を大きくしたみたいだ。

「りんご飴ってきれいですねー」
 うっとりながめながら、思わず提灯の灯りに照らす。

「写真撮っておくか」
 朝霧はスマホのシャッターをりんご飴に向けた。
 次の瞬間りんご飴を持った私をカメラで撮影する。

「いいねぇ。浴衣姿絵になってるよ」
 言いなれているのだろう女性慣れした朝霧の様子は相変わらずチャラい。
 桜葉君なら、こんなセリフは言わないような気がする。
 言うとしたら、きっと照れると思う。
 朝霧は照れることなく、スマートな対応をする。

「花火最後まで観ていきませんか。それからお見舞いに行っても遅くないですよ」
「それもそうだな」
 二人で眺めた花火は最初で最後になる予定。
 なぜならば、卒業したら結婚したふりをするだけで、私たちは結婚しない約束なのだから。
 朝霧に恋愛感情を持つ気もないし、私を好きになることなんてあるわけがないと思える。

「朝霧君は恵まれてますね。家はお金持ちだし、恋愛もいっぱいしてるし」
「そんなに恋愛はしてないけどなぁ。俺には忘れられない初恋の人がいるんだよなぁ」
「初耳ですね」
「これ以上は秘密だけどな」

 私は人気者朝霧流の朝霧透と一緒に今年の夏は過ごすことになる。
 来年過ごすとしても偽りの結婚。
 私たちは結婚するふりをするだけ。
 忘れられない初恋の人がいるから結婚をしたくないのかもしれない。

 でも、心配なのは桜葉君だ。
 祭りのあとの静けさと寂しさが入り混じる。

「もしかして、毒舌論破系動画配信者の朝霧さんですか?」
 浴衣姿のかわいい女子が三人で声をかけてきた。

「そうでーす」
 あいかわらずチャラけた対応をする。

「一緒に写真撮影してもらいたいんですけど」
「いくらでもタダで撮影するよ」
 ピースサインで女子三人と撮影する朝霧。

「こちらは、もしかして彼女さんですか?」
「いやいや、彼女さんじゃありません。ざんねんでしたー」
「よかったです。私、ガチ恋してるんで、よかったら連絡先教えてください」
「連絡は、相談フォームからよろしくね。今急いでるんだよね。ごめん」

 足早に去る。
 その後も、男性や女性何人かに声をかけられ、撮影に応じる。

「撮影頼まれるのめんどくさくて、実はあんまり外出してないんだよな。顔出し配信の宿命みたいな」
「そういえば、この前テレビにもゲスト出演して論破してましたよね。論破で恋愛は成り立つのか、みたいなテーマだったですよね」
「さすが、俺の助手。良くご存じで」
 相変わらずのオーバーリアクション。
 クラスの中心的存在を絵にしたような元気な人だ。

「結論は恋愛は論破では成立しないでしたよね」
「そりゃそうだ。好きとか嫌いとかは感覚みたいなもんだろ。縁とか運もある。実際俺は論破で恋愛はしていないからな」

 どことなく寂し気な表情が少し印象に残った。
 結局桜葉君のお見舞いに行ったけど、桜葉君は体調がとても悪そうで、差し入れして帰宅することとなった。

「この埋め合わせ、元気になったらしろよ」
「もちろん」
 桜葉君は弱弱しくも快諾した。

「わぁー、りんご飴に駄菓子って結構嬉しいな。ありがとう」
 子供みたいに喜ぶ顔をする桜葉君は少し守ってあげたいような感じがした。

「花火、自宅から見えたんだよね。一瞬大きくて美しいのにあっけなく散るから、ちょっと寂しい感じもするよな」
 桜葉君は元気がない。
「実は、最近失恋して、気分落ち込んでそのまま風邪ひいたルート」
 少し体重が減って痩せたなと思う。

「もしかして、高校時代の思い人? おまえでも失恋するんだな」
 朝霧は苦笑いしながら小突く。

「最近彼氏と別れたって聞いて、連絡して思いを伝えたんだけど、全然相手にされてなかった」
「ここに、すげーいい女いるけど」
 朝霧が私を指さす。冗談半分本気半分みたいなノリだった。
「私みたいな女性はそうそういないですよ?」
 ノリに乗ってみよう。
「勇気づけてくれてありがとう」
 ただにこりとする桜葉君。
 相手にされてないんだなと思う。
 
「次は桜葉を慰める会だな。またこのメンツで集合な」

 桜葉君と別れ、帰路につく。
 朝霧は私を自宅の前まで送ってくれた。
 夜道は暗いし、気遣いができるんだなと思った。

「ああ言っておけば、次回こそはデートできるだろ。その時は俺が体調不良の番だから」
「計画的体調不良。あなたって案外お人よしなんですね」
「仮にも契約結婚相手なんだし、好きな人と幸せになってもらいたいのもある。うまくいってもらえば、破談の理由にもなるしな」

 そこまでして私とは結婚したくないのだろうか。
 わかってはいるけど、少し胸が痛む。
 初恋の人のこと、引きずってるのかな。

「いつまでおもちゃの指輪、指につけてるんだ」
 怪訝な顔をされる。
「これ、フリーサイズになってるからちょうどぴったりだし、外すとなくしそうだから」
「百円で取ったおもちゃだから、なくしてもいいような気がするけどな」
「思い出は大事にしたいから。この前動画の中で言ってたじゃないですか。お金で買えないものがあるって」
「お金で買えないものか……今度人気動画配信者とコラボ企画するんだけど、お金で買えないものっていうのを企画書にいれるかな」
「企画書とかあるんですか?」
「芸人がネタを作って披露するのと同じだよ。ちゃんと企画して毒舌論破をできるような流れを作るんだ。助手なら覚えとけ。じゃーな」

 手を振って帰宅する朝霧。

「あの――いつまで契約結婚したフリするのですか?」
 つい質問してしまった。
「まだ、契約結婚すらしてないだろ。流れに身を任せる的な感じかな。助手としては続けてほしいのは本音かな。マジで助かるからさ」

 朝霧透は霧がかった夜の闇に消えていった。
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