おやすみなさい、いい夢を。
雨の夜 Sakura Side.
梅雨の終わりが近づいていた。
それでも外は大粒の雨が叩きつけ、遠くで雷鳴が響いていた。
「中野さん、帰るの?」
カルテを閉じながら、御崎先生がふいに声をかけてきた。
「……はい」
「……家、都内だよな。車で送っていってあげようか。俺ももう帰るから。……外、すごい雨だろ」
「えっ……」
思わず足が止まる。心臓が一気に高鳴って、言葉がうまく出てこない。
車?……2人で乗るってこと???
男の人と、日向さんと、2人で?
彼はそんな私の反応を見て、わざとらしく肩をすくめた。
「ま、俺は男だし。警戒するならどうぞご自由に」
「け、警戒なんて……してません」
顔が熱くなるのを自覚しながら、声が上ずる。
警戒なんてしてるわけじゃない。
ただ、彼と二人きりになったら、何を話せばいいのか分からない。
助手席に座ったら、どれくらいの距離が空くんだろう。
窓の外を見ていればいいのか、それとも無理にでも話題を探すべきなのか。
そんなことばかりが頭の中をぐるぐるして、余計に心臓が落ち着かない。
日向さんはほんの少しだけ口元を緩めた。
「……なら、行こうか。
タイムカード押したり色々あるから、少しだけエントランスで待ってて」
歩き出す背中を目で追う。
その背中に、近づきたいのに近づけない。
その微妙な距離感が、余計に苦しく感じられた。