危険な隣人たち

第二章 子どもたちの均衡

小学一年生。
ランドセルの匂いがまだ新品で、みんなが真新しい名前札をぶら下げていた。

「桜田ゆいさん、こちらの席です」

担任の先生が指差した席の両隣に、既に見慣れた顔が座っていた。
右側には竜也。左側には飛鳥。
無表情と、にこにこ笑顔。対照的な二人が揃って、誰よりも自然に、彼女の隣にいた。

「おはよう!」
「…………」
「おはよ、ゆい!」

竜也は目も合わさず、教科書に視線を落とす。
飛鳥は元気よく手を振りながらも、机に並べた筆箱の位置を調整していた。
まるで「境界線」を作るかのように。

それからの毎日は、にぎやかで、だけどどこか異質だった。
教室の中でゆいはすぐに人気者になった。明るく、分け隔てのない笑顔と、誰とでも自然に話せる空気。
気がつけば、休み時間には男の子たちがこぞって彼女の机に集まっていた。

だが、それは長くは続かなかった。

「なあ、桜田さんと昨日、一緒に帰ったんだって?」
「うん、でも途中までだけだよ」
「ふーん……名前、なんて言ったっけ?」
「え? おれ? 佐藤だけど――」

バンッ!

その日の昼休み、佐藤くんの机の上の水筒が、無造作に床へ叩き落とされた。
見上げると、そこには竜也が立っていた。無言のまま、机の上をじっと睨んでいる。

佐藤くんは青ざめた。
何も言わず、ゆっくりと席に戻った。

次の日から、彼はゆいと話さなくなった。

似たようなことが何度も起こった。
教科書が破れていた。ランドセルに水がかかっていた。上履きが片方なくなった。

やった本人は誰なのか、決定的な証拠はなかった。
だが、誰もが**“あの二人”**に逆らおうとはしなかった。

ゆいだけが、鈍感に笑っていた。

「最近、あんまりみんなと話せなくなっちゃったなぁ」
「……そりゃそうだろ」
「なんで?」
「うるさいから」竜也がそっけなく言う。
「うるさい子、好きじゃないし」
「……うーん、たしかにうるさい子は苦手かも」飛鳥も頷く。

「でも、私もうるさいよ?」
「お前はいい」
「うるさくない」
2人の言葉が重なる。

「えっ、なにそれ」
笑うゆいに、二人は心の奥で小さく安堵した。
ゆいはまだ気づいていない。
それが、彼らにとって何よりの救いだった。
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