君と始める最後の恋
 一ノ瀬先輩は話を聞きながら動かしていた手を止めて、小川くんの方へとしっかり向く。


「営業は情報を頭に入れないと契約なんて取れないって話は入ってすぐにしたと思うけど、それを聞いて資料とか本当に整理しただけ?目を通すなりしなかったの?」


 小川くんの少し気まずそうな表情、多分昨年の私も一緒の表情をしていたと思う。社会経験の浅い新人は、普通は言われないと気付かない。

 だけど、これも先輩なりの指導の仕方で、気付かせるやり方を常にしている。自分で最初から学んでやるしかなかっただけに私達にも最低限だけ渡して自発性を促す。仕事は今後、指示待ち人間ではやっていけないからだ。

 それにしても先輩は言葉足らず過ぎるし、新人からしたら中々受け入れがたいと思うと、苦笑いしてしまう。


「もう少し、頑張ってみたら。彼女に君の指導は出来ないよ。」

「…わかりました。」


 素直に引いておそらく資料室に向かった小川くん。

 昨年とは違うのは先輩も突き放す様な言い方をせず優しい言葉を少し掛けるようになっている。


「先輩ってツンデレですよね。素直じゃない。」

「は?喧嘩売ってんの。」

「いいえ、褒め言葉です。」


 そう言いながら笑って水無月さんの指導に戻る。

 2年目から見える一ノ瀬先輩の姿はまた少し違って見えた。
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