俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
 あるとき、国際線のフライトで牧村と一緒になった。うんざりしたが、自分に任された業務を確実にこなすだけと気持ちを切り替える。

「椎名さん、食事に連れて行ってくださいよ」

「はあ……ほかをあたってくれ」

 フライトを終えて、夕食をとりながら宿泊先のホテルへ向かおうとした矢先に声をかけられた。すっかり辟易して、返す言葉も同じ文句ばかりになるのは仕方がないだろう。

「いいじゃないですか」

 腕に手をかけられそうになって身を引くと、牧村は不機嫌な顔をした。

「疲れているんだ。放っておいてくれ」

 応じるつもりは微塵もないと、はっきり断ってその場を後にした。
 外に出る気も失せて、食事はホテルで取ればいいかと歩き始める。
 部屋に入りひとりになると、ようやくほっとした。

 けれど、それほど経たないうちに来訪を告げるチャイムが鳴った。
 隣の部屋に宿泊する予定の機長だろうかと思いながら、扉に近づく。

 ドアアイを覗いて扉の向こうに牧村の姿を確認したときは、怒りよりも恐怖の方が大きかった。

「椎名さんいますか? 一緒に部屋飲みしましょうよ」

 待たされることに焦れたのか、そう声をかけてくる。その執着が気持ち悪い。

「やめてくれ、迷惑だ」
「少しくらい、いいでしょ?」

 甘えるような口ぶりに、次第に苛立ちが募る。

「いい加減にしてくれ」

 それからいっさい会話に応じなかった。牧村はしばらく扉の向こうでなにかを言っていたが、やがてあきらめて引き返していったようだ。

「はあ……」

 荒々しくソファーに体を投げ出し、片手で目もとを覆う。
 何度も断っているというのに、あきらめない牧村におかしくなりそうだ。

 彼女の本心知らない同僚らは、牧村に好かれる俺を『羨ましい』やら『もったいない』と囃し立てる。同じ職場に俺のようにロックオンされている相手はいないようで、『一回くらい遊べばいいのに』とまで言われたがありえない。
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