俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
 彼女の目に映っているのは、俺の見てくれとパイロットという職業。それから、父親がちょっとした会社を経営していることくらいだろう。

 さすがこのままでは俺の精神衛生上よくないと、普段からよくしてもらっている桜庭さんに実情を打ち明けた。
 俺の話を聞き、彼はすぐに動いてくれた。

 子煩悩で愛妻家だと有名な桜庭さんだが、外見の良さや航空会社の社長の息子という立場もあって、既婚者にも関わらず未だに声をかけてくる女性が一定数いるらしい。詳しくは知らないが、独身の頃から女性関係に悩まされていたというからか、俺の現状をいたく心配して親身になってくれた。

 牧村には本人への注意のほか、彼女が所属するうちの子会社にもクレームを入れた。おかげで、声をかけられる機会はぱたりとなくなった。

 だが時間が経てば、ほとぼりは冷めたとばかりに再び牧村が近寄ってくる。

 もういっそのこと、自分が結婚してしまえばあきらめてくれるだろうか。そんな現実味のない考えがよぎるも、そもそも相手がいない。

 好ましい女性といえば……と、若干やけになって想像したところ、頭に唯一浮かんだのが航空管制官の来栖真由香だった。

 彼女は以前、搭乗訓練で俺が操縦する便に乗り込んできた。
 なにひとつ見逃さないと、俺たちの様子を細かに観察しながらメモを取る。こちらは普段以上に気の引き締まる思いがしたが、その熱心な様子は好感が持てた。

 生真面目そうな彼女だが、機長が少し冗談めかした話を振るとそれに合わせて笑いで返すユーモラスな一面もある。

『君だろ? 交信の最後に、行ってらっしゃいとか添える管制官って。ちょっとしたことだけど、あれ、いいんだよなあ』

 彼女の人柄に場が和み、機長が気安く尋ねた。

『ほかにもいるかもしれませんが、私もひと言付け加えることが多いですね。なんか癖みたいなもので』

 俺もその管制官に当たったことがあったが、そうか。彼女だったのかと納得する。

 おそらく気遣いのできる人なのだろう。さらりと挨拶ができるのは、生まれ育った家庭環境が影響しているのか。それもまた、彼女への好印象となった。
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