ぜんぶ、ちょうだい。



秦とは、高1のときに知り合った。当時のクラスメイトよりも、なんとなく気が合うなと思った相手。
でも、こういう話をするときの秦の目は苦手だった。

冗談も言わないで、ただ静かに見てくる、その感じ。
まるで、全部分かってるみたいで。



「まあ、最近のかおはさ」



秦は、また刷毛を動かしながら言う。



「他に気になってる女の子、いそうだしね」

「……いや、何の話?」

「吉川小鞠ちゃんだろ? 水元から聞きました」

「……。」



あいつ、何でも話すじゃん。

そう思った瞬間、水元の笑っている顔が、頭に浮かぶ。

うんざりしながら、俺は黄色の絵具がついた筆を、持ち直した。



「秦が思ってるようなことはないよ」



自分でも、少し強めの言い方になったのが分かった。



「えぇ? 水元、楽しそうだったけどなあ」

「秦。水元のその反応見たうえで、噂否定しなかったんなら、結構酷いんじゃない?」



秦は一瞬きょとんとして、それからすぐ、クスクス笑い出す。



「うわ。それ言われたら、何にも言い返せない」



青と黄色とピンクを混ぜている秦を横目で見る。

……その色、どこで使うんだよ。

そう思いながら、俺は黒の絵の具で、看板の文字をなぞった。


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