左遷先は月運行局分局 ――追放ヒロインのスキルで、公務も恋も大逆転

第20話 『愛され大逆転』

 季節の飾り付けは、来庁者の緊張を一割減らす――――と、咲那は勝手に思っている。折り紙の金魚が掲示板のすみに泳ぎ出すと、窓口の声の高さが半音下がった。
 照明が一段落ちるころ、善裕がまとめる。『疑いは紙に、責めは人に向けない。』みんなの肩が、少し落ちた。

 公開入札の余波で、港の掲示板に匿名の張り紙が増えた。『のれんは景観を壊す』『ラベルはずるい』『白なんて曖昧』。声は短くないが、根拠は薄い。分局の“家の白”は厚い。厚い白は、受け止めてから返す。今日は“世論”と歩き方の勝負。

 朝の会議で、翼が立った。「一本背負い、やります」。全員が目を瞬く。武道の話ではない。『一人ぶんの遅さを自分が背負う』宣言だ。角で一秒アイドル、半歩戻し、十歩。その一人分の“遅い”を先に引き受けることで、周囲は速くて安全になる。短い。短いから、届く。

 倖菜は朱で『背負い=遅さの代理』と一行。朱は旗ではない、句読点。代理の遅さは、場の緊張を落とす。咲那は可視化パネルの“現在”に『背負い作戦:写真+一行』の枠を増やし、星芽は○を作って左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。指の高さは中低。丁寧は、伝染する。

 午前の公開デモ。耳→足→目→笑い。耳――ことみが“拾い音なし”を七秒に広げ、静けさの窓を前に置く。足――翼が先頭で角に入り、一秒アイドル、半歩戻す。目――伏せ札は写真に写らない薄さで、背負いの足元へ。笑い――玲空がチャイムを明→暗で二打。明は宣言、暗は合意。

 世論の反射は鋭い。匿名の投稿者がスマホで撮り、『止まってるのに仕事が遅れた』と拡散。亮浩が青い顔で『燃えてます』。咲那は写真を二枚並べる。『止まらない→角で詰まる』と『止まる→全体が進む』。平均は過去、現在は今。今を二枚で並べると、背負いの意味が読める。

 午後、住民ネットワークが動いた。家ルール表の写しを持つ商店主、子ども会の役員、観光ボランティア。『一人ぶんの遅さを、日替わりで背負う』提案が出る。提案は短く、実行は早い。善裕は白板の“戻り矢印”の丸を増やす。背負い席を増やす。席が増えると、言葉は減る。言葉が減ると、白は厚い。

 批判派は『背負いは見栄だ』と言う。翼は二度目の宣言。「見栄で背負える遅さなら、見栄でいい」。ことみの眉が少し笑い、星芽の指が低に落ちた。低いほど、丁寧。丁寧は、愛される。愛されると、速い。速いけれど、壊さない。

 公開の比較レース。背負い運用派 vs 直線派。直線派は最初の五十メートルで優位を作り――角で詰まる。背負い派は角ごとに一秒アイドル、半歩戻し、十歩。住民ネットワークが交代で背負い、速度は一定。結果は五分差。拍手の前に、チャイムが一打。

 ユナが提案を足す。『背負い席にのれんを合わせましょう』。のれん式ディフューザーが視線の屈折をほどき、背負い者の周囲に読める白を作る。Δψ=2.7°は据え置き。数字は式のまま、道具で合わせる。『白=読みやすさ=合意』が目に見える。

 夕方、匿名の張り紙は名前を得た。商店街の寄せ書き――『背負い、やってみたら速かった』。秒・写真・一行で書かれた短い証言が貼られていく。短い。短いから、通る。

 批判の最後の牙は『コスト』。倖菜は朱で『トータル=設置+事故+撤去十歩』と再掲。背負いは設置ゼロ、事故減、撤去十歩。白は厚いほど、コストは薄い。薄いコストは、明日の自由。

 夜の仕上げ。翼が最後の宣言。「俺の一日一ガシャーンは、背負いに変えます」。看板の横に小さな丸を一つ描いた。『ここで止まれる』。ことみの眉が静かに笑い、星芽が○を作って左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。愛され大逆転は、静かな拍子で起きる。

 片付け。伏せ札を一枚ずつ拾い、テープの跡を指で温めて外す。跡を残さないのは、写真の白を守るため。白は読みやすさの貯金。貯金が厚いと、世論は短くなる。短い世論は、通る。

 分局に戻ると、掲示板の“平均/現在”の境目に、住民ネットワークの小さな点が増えた。点は小さいが、呼び鈴だ。押さなくても鳴る種類の鈴。明日の無人都市(夜間無人運用)の実験に向けて、点が線になっていく。咲那は板帳に二行――『背負い=遅さの社会化』『白=世論の辞書』。玲空のチャイムが遠くで一度。句読点が置かれたら、文章は休む。休んだら、また前へ進む。

 住民ネットの回覧板に、背負いの順番が回り始めた。紙は薄い。薄いほど、読む。読むほど、体に入る。体に入った背負いは、自己修復と結びつき、誰も呼ばなくても、止まって、戻って、十歩。

 最後に、家ルール表の下に余白を一段増やす。『背負いの気づき』を書き足す席。席があると、言葉は短い。短い言葉は、明日の辞書。辞書が厚くなると、無人でも読める。読める町は、夜に強い。
 午後遅く、光る矢印派が再反撃。『広告の枠を提供』の提案書を握って現れた。広告は言葉。白は言葉の前段。前段を削って言葉を増やすと、言葉は読まれない。咲那は写真二枚で示す。『広告あり→白が薄い→停止が遅れる』『広告なし→白が厚い→停止が早い』。秒・写真・一行。短い。短いから、通る。

 住民ネットは連絡網を伸ばす。商店街→子ども会→漁協→旅館組合。背負い席の空きが出ると、回覧板に点が増え、点は線になり、線は面になる。面になった白は、世論の形。形のある世論は、煽られない。

 翼は背負いの実演で、失敗の見本も出した。宣言だけして角で止まれず、ことみの眉が跳ねる。裏拍、アイドル一秒、半歩戻し。星芽が中低で「みぎ、ぎゃく」。二拍遅れで再開。失敗は公開され、うまくいった瞬間>失敗の理由の配置で貼られる。失敗の公開は、愛の公開。

 夕暮れの港で、子どもたちが背負いごっこを始めた。先頭の子が角で一秒、半歩戻し、後ろの子が『ありがとう』と言う。ありがとうは短い。短いほど、届く。親が笑い、観光客が肩で息を合わせる。笑いは、速さの燃料。ただし一拍だけ。

 記者が来た。『背負い、人気の理由は?』。翼は短く答える。「自分の遅さを、先に置けるから」。記者は『映えない』と言った。ユナが横から『映えない=長持ち』と補足。長持ちする仕組みは、静かに愛される。

 監理官が最終確認。「住民ネットの責任は?」。倖菜は朱で『名義=配分』と一行。背負い席には名札カードを伏せて置く。写真に写らない薄さで。名義は責める道具ではなく、誇りの配り先。誇りが配られると、速い。速いけれど、壊さない。

 夜、背負いナイトを一回。照明は落としすぎない。静けさの窓を七秒、裏拍は少なめ。のれんは中低で揺れ、負荷分散リングは足元で半歩を作る。Δψ=2.7°は据え置き。数字は式のまま、道具で合わせる。写真の白は、夜でも太い。太い白は、無人運用の予行。

 片付け前、翼が『一日一ガシャーン』の札を裏返し、『一日一背負い』に差し替えた。札は薄い。薄いほど、読む。読むほど、体に入る。体に入った宣言は、習慣になる。習慣は、町の辞書。

 締めの歌。玲空が低く一節。「せおって とまって もどって じゅっぽ」。拍子は5→7→5。歌は呼吸のメトロノーム。メトロノームがあると、世論は短くなる。短い世論は、味方になる。
 無人区画は静かすぎて、足音が自分のBGMになる。けれどスピーカーから薄く流れる商店街のジングルが“賑わいノイズ”として張り付くと、誰もいないのに『いる感じ』が戻る。星芽は音量を一目盛りだけ上げ、ことみはメモに“静寂と賑わいの中間”と書いた。


 最後、のれんの端を指一本だけ折って戻す。折り跡は残らない。残らない跡は、白を太くする。太い白は、明日の無人都市の入り口。入口で止まれる町は、遠くまで速い。
 愛され大逆転は、当人が最後まで気づきづらい。みんなが一度だけ視線を合わせ、空気の片側が軽く持ち上がる。その傾きが、彼女にだけ起こる風だ。
 気づけば、彼女の立つ場所には風が集まっていた。
< 20 / 30 >

この作品をシェア

pagetop