左遷先は月運行局分局 ――追放ヒロインのスキルで、公務も恋も大逆転
第22話 『ことみの決意』
帰り際、ことみはスイッチを切らない。『夜警さんが怖くないように。』無人のジングルが、小さく残った。
朝、分局の台所で、ことみが封筒を開けた。差出人は本局。『配置転換の内示』――音響監理部への異動案。拍子が変わる。変われば、揺れる。揺れるのは悪ではないが、家は拍子でできている。玲空がチャイムを一度鳴らし、咲那が板帳に二行――『行く=速さの別解』『残る=白の厚み』。倖菜は朱で『選ぶのは本人』とだけ書いた。朱は旗ではない、句読点。
ことみは耳を押さえた。昨日の夜間運用で、耳に良い疲れが残っている。拾い音なしの7→5→7の循環を思い出し、台所ののれんを中低に下げる。のれんは家の耳。耳に合う高さへ。星芽が○を作り、左右へ開く。「みぎ、ぎゃく」。合図は短い。短い合図は、心の拍子を壊さない。
善裕は白板の“戻り矢印”の丸を台所の入口に一つ増やした。「ここで止まれる」。止まれる場所が増えると、選択は短くなる。短い選択は、深い。翼は“一日一背負い”の札を指で撫で、背負うのは返事の遅さだと決めた。返事を遅くする。遅くした分だけ、事故は減る。事故のない返事は、強い。
公開の“家授業”。観光客も少し混じる前で、家ルール表をもう一度読む。『朱は句読点』『伏せ札は薄さ』『二肩半+掌』『拾い音なし5→7→5』『角で一秒、半歩戻す』『写真は辞書、白は余白』『チャイムは合図、裏拍は注意』『白胡麻の飴は半分こ』『温度は低め』『一日一背負い』。読むほど、ことみの呼吸は揃う。揃った呼吸は、移動の緊張を小さくする。
封筒の中には、良い条件が並んでいた。待遇、肩書き、設備。『耳』を主語にできる部署。悪くない。けれど、写真の白が台所に厚く貼られている。『うまくいった瞬間>失敗の理由』。白の厚みは、待遇の厚みとは比較できない。比べない。比べない選択は、家が持つ自由だ。
咲那が静かにデモを提案した。題して『移動の試歩』。順序は耳→足→目→笑い。耳――ことみは“拾い音なし”を七秒に広げ、静けさの窓を前に置く。足――二肩半+掌、角で一秒アイドル、半歩戻す。目――伏せ札は写真に写らない薄さで、封筒の足元に。笑い――玲空がチャイムを裏拍で一打。裏拍は注意。注意の上に、決意をそっと置く。
実演の最中、翼が高になりかける。『行かないで』の音程。高いほど、急ぎ。急ぎは誤解を呼ぶ。倖菜の眉が上がり、翼は半歩戻って一秒アイドル。星芽が中低で「みぎ、ぎゃく」。翼は『一日一背負い』を、言わないで背負うことに変えた。言わない背負いは、家の速さ。
昼、支援網のユナが立ち寄った。商工会の名札のまま。「本局の案内、いいところもあります。でも、ここには映えない白がある」。映えない白は、長持ち。長持ちする白は、耳の仕事の本体。ユナは小さな点を記念プレートに足し、『ことみの点』と呼んだ。点は小さいが、呼び鈴だ。押さなくても鳴る種類の鈴。
午後、模擬・転属運用。分局の仕事を『ことみ不在』で一時間だけ回す。耳タイマー、裏拍、のれん、リング、皿、二本線。どれも物の形で運ぶ。読める。読めるが、足りない。『今』と言ってくれる人の音程が足りない。足りないと、速いが、薄い。薄い速さは、夜に弱い。
監理官が覗く。「残る根拠は?」――倖菜は朱で『家=公開の縮小』『白=未来の辞書』と二行。短い。短いから、通る。麻理江の第三者ログには『ことみ不在:作動→○/厚み→△』と一行。丸と三角。形で、十分。
夕刻、ことみの決意は、写真の白に置かれた。封筒の上に伏せ札を一枚。写真に写らない薄さで。封を戻し、のれんを指一本だけ折り、温度を低めに整える。星芽が○を作り、左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。二語の間に、一拍。『残る』が、その一拍に落ちた。
翼は何も言わず、白胡麻の飴を半分に割り、ことみのポケットへ半分を押し戻した。甘さは共有で速くなる。共有は、決意の速さ。玲空のチャイムが明→暗で二打。明は発表、暗は合意。『本局へは、断りの句読点を返します』と倖菜。朱は旗ではない。句読点だ。
片付け。伏せ札を一枚ずつ拾い、テープの跡を指で温めて外す。跡を残さないのは、写真の白を守るため。白は読みやすさの貯金。貯金が増えると、決意は長持ちする。長持ちする決意は、夜に強い。
夜、分局の掲示板に小さな更新。家ルール表の下に『残る:中低の音程』と一行。『背負い:言わないで背負う』の下にも点が一つ。点は小さいが、明日の短絡提案に備える印。短絡は高で来る。高に対して、中低で受ける。それが、ことみの決意。
最後に、咲那は板帳に二行――『残る=白の厚み』『断る=句読点の使用』。翼は白板の“戻り矢印”を太くなぞり、丸を一つ増やした。「ここで止まれる」。止まれる町は、遠くまで速い。星芽は○を作って左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。合図は短い。短いものは、家に残る。
決意の後始末。本局宛ての返信文は短い。『ここに残ります。家の白を厚くします。――分局一同』。文は短いほど、太い。太い文は、未来に届く。届いた未来は、最終話で再掲される。
夜更け前、ことみはのれんの端を指一本だけ折って戻し、掲示板の二本線を三本に増やした。三本の帯を跨ぐと、足は二拍ぶんゆっくりになる。ゆっくりの二拍は、決意を上書きする時間。上書きされた決意は、短絡に折れない。
決意の周りに、反対の風も吹いた。『出世を捨てるの?』『もったいない』。ことみは耳で風の音程を測り、中低で返す。『もったいなくないです』。中低は、誤解を呼ばない。誤解を呼ばない返事は、家の速さ。
翼は持ち方の講座をもう一度。封筒の角、のれんの端、伏せ札の角、白胡麻の飴。どれも指一本で扱い、温度は低め。温度が低いと、言葉が長持ちする。長持ちする言葉は、決意の包装紙。包装紙がしっかりしていると、中身が揺れない。
善裕は白板に背負いの地図を描く。『ここで止まれる』『背負い席』『余白』。余白は、明日の短絡提案が落ちる場所。落ちた提案は、傷まない。拾い直せる。拾い直せる町は、柔らかい。
ユナは支援網の見解を短く伝えた。「『残る』は投資です」。投資=白を厚くする行為。厚くなった白は、年度を超えて読める。年度を超える読みやすさは、公費が理解する。監理官が頷き、『継続支援』に丸を付けた。丸は小さいが、ここで止まれる。
夕刻の家写真。『うまくいった瞬間>失敗の理由』の配置のまま、ことみの封筒を失敗の横に貼る。失敗の横にある決意は、自分で正しい。正しいものは、声が小さい。小さい声は、長持ちする。
夜、ことみは耳の地図を描き直した。玄関=五秒、掲示板=七秒、台所=五→七→五。地図の端に小さく『残る』と書く。書いた瞬間、のれんが小さく揺れた。揺れは小さい。小さいけれど、拍子がある。拍子のある家は、壊れにくい。
分局の灯が落ちる直前、掲示板の端に無署名のメモが現れた。『一斉スピーカーで一発注意すれば、全部早い』。短絡提案。高い音程で来る。ことみは中低で『明日、読みます』とだけ言い、のれんの端を指一本だけ折って戻した。折り跡は残らない。残らない跡は、白を太くする。太い白は、短絡を受け止めて、短くする。
ことみは自分の“聴こえ”を、特技ではなく責任として受け取ることにした。能力は、呼ばれたときに行くのではなく、黙って先回りすることがある。
決意は声に出すと、少しだけ優しくなる。
朝、分局の台所で、ことみが封筒を開けた。差出人は本局。『配置転換の内示』――音響監理部への異動案。拍子が変わる。変われば、揺れる。揺れるのは悪ではないが、家は拍子でできている。玲空がチャイムを一度鳴らし、咲那が板帳に二行――『行く=速さの別解』『残る=白の厚み』。倖菜は朱で『選ぶのは本人』とだけ書いた。朱は旗ではない、句読点。
ことみは耳を押さえた。昨日の夜間運用で、耳に良い疲れが残っている。拾い音なしの7→5→7の循環を思い出し、台所ののれんを中低に下げる。のれんは家の耳。耳に合う高さへ。星芽が○を作り、左右へ開く。「みぎ、ぎゃく」。合図は短い。短い合図は、心の拍子を壊さない。
善裕は白板の“戻り矢印”の丸を台所の入口に一つ増やした。「ここで止まれる」。止まれる場所が増えると、選択は短くなる。短い選択は、深い。翼は“一日一背負い”の札を指で撫で、背負うのは返事の遅さだと決めた。返事を遅くする。遅くした分だけ、事故は減る。事故のない返事は、強い。
公開の“家授業”。観光客も少し混じる前で、家ルール表をもう一度読む。『朱は句読点』『伏せ札は薄さ』『二肩半+掌』『拾い音なし5→7→5』『角で一秒、半歩戻す』『写真は辞書、白は余白』『チャイムは合図、裏拍は注意』『白胡麻の飴は半分こ』『温度は低め』『一日一背負い』。読むほど、ことみの呼吸は揃う。揃った呼吸は、移動の緊張を小さくする。
封筒の中には、良い条件が並んでいた。待遇、肩書き、設備。『耳』を主語にできる部署。悪くない。けれど、写真の白が台所に厚く貼られている。『うまくいった瞬間>失敗の理由』。白の厚みは、待遇の厚みとは比較できない。比べない。比べない選択は、家が持つ自由だ。
咲那が静かにデモを提案した。題して『移動の試歩』。順序は耳→足→目→笑い。耳――ことみは“拾い音なし”を七秒に広げ、静けさの窓を前に置く。足――二肩半+掌、角で一秒アイドル、半歩戻す。目――伏せ札は写真に写らない薄さで、封筒の足元に。笑い――玲空がチャイムを裏拍で一打。裏拍は注意。注意の上に、決意をそっと置く。
実演の最中、翼が高になりかける。『行かないで』の音程。高いほど、急ぎ。急ぎは誤解を呼ぶ。倖菜の眉が上がり、翼は半歩戻って一秒アイドル。星芽が中低で「みぎ、ぎゃく」。翼は『一日一背負い』を、言わないで背負うことに変えた。言わない背負いは、家の速さ。
昼、支援網のユナが立ち寄った。商工会の名札のまま。「本局の案内、いいところもあります。でも、ここには映えない白がある」。映えない白は、長持ち。長持ちする白は、耳の仕事の本体。ユナは小さな点を記念プレートに足し、『ことみの点』と呼んだ。点は小さいが、呼び鈴だ。押さなくても鳴る種類の鈴。
午後、模擬・転属運用。分局の仕事を『ことみ不在』で一時間だけ回す。耳タイマー、裏拍、のれん、リング、皿、二本線。どれも物の形で運ぶ。読める。読めるが、足りない。『今』と言ってくれる人の音程が足りない。足りないと、速いが、薄い。薄い速さは、夜に弱い。
監理官が覗く。「残る根拠は?」――倖菜は朱で『家=公開の縮小』『白=未来の辞書』と二行。短い。短いから、通る。麻理江の第三者ログには『ことみ不在:作動→○/厚み→△』と一行。丸と三角。形で、十分。
夕刻、ことみの決意は、写真の白に置かれた。封筒の上に伏せ札を一枚。写真に写らない薄さで。封を戻し、のれんを指一本だけ折り、温度を低めに整える。星芽が○を作り、左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。二語の間に、一拍。『残る』が、その一拍に落ちた。
翼は何も言わず、白胡麻の飴を半分に割り、ことみのポケットへ半分を押し戻した。甘さは共有で速くなる。共有は、決意の速さ。玲空のチャイムが明→暗で二打。明は発表、暗は合意。『本局へは、断りの句読点を返します』と倖菜。朱は旗ではない。句読点だ。
片付け。伏せ札を一枚ずつ拾い、テープの跡を指で温めて外す。跡を残さないのは、写真の白を守るため。白は読みやすさの貯金。貯金が増えると、決意は長持ちする。長持ちする決意は、夜に強い。
夜、分局の掲示板に小さな更新。家ルール表の下に『残る:中低の音程』と一行。『背負い:言わないで背負う』の下にも点が一つ。点は小さいが、明日の短絡提案に備える印。短絡は高で来る。高に対して、中低で受ける。それが、ことみの決意。
最後に、咲那は板帳に二行――『残る=白の厚み』『断る=句読点の使用』。翼は白板の“戻り矢印”を太くなぞり、丸を一つ増やした。「ここで止まれる」。止まれる町は、遠くまで速い。星芽は○を作って左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。合図は短い。短いものは、家に残る。
決意の後始末。本局宛ての返信文は短い。『ここに残ります。家の白を厚くします。――分局一同』。文は短いほど、太い。太い文は、未来に届く。届いた未来は、最終話で再掲される。
夜更け前、ことみはのれんの端を指一本だけ折って戻し、掲示板の二本線を三本に増やした。三本の帯を跨ぐと、足は二拍ぶんゆっくりになる。ゆっくりの二拍は、決意を上書きする時間。上書きされた決意は、短絡に折れない。
決意の周りに、反対の風も吹いた。『出世を捨てるの?』『もったいない』。ことみは耳で風の音程を測り、中低で返す。『もったいなくないです』。中低は、誤解を呼ばない。誤解を呼ばない返事は、家の速さ。
翼は持ち方の講座をもう一度。封筒の角、のれんの端、伏せ札の角、白胡麻の飴。どれも指一本で扱い、温度は低め。温度が低いと、言葉が長持ちする。長持ちする言葉は、決意の包装紙。包装紙がしっかりしていると、中身が揺れない。
善裕は白板に背負いの地図を描く。『ここで止まれる』『背負い席』『余白』。余白は、明日の短絡提案が落ちる場所。落ちた提案は、傷まない。拾い直せる。拾い直せる町は、柔らかい。
ユナは支援網の見解を短く伝えた。「『残る』は投資です」。投資=白を厚くする行為。厚くなった白は、年度を超えて読める。年度を超える読みやすさは、公費が理解する。監理官が頷き、『継続支援』に丸を付けた。丸は小さいが、ここで止まれる。
夕刻の家写真。『うまくいった瞬間>失敗の理由』の配置のまま、ことみの封筒を失敗の横に貼る。失敗の横にある決意は、自分で正しい。正しいものは、声が小さい。小さい声は、長持ちする。
夜、ことみは耳の地図を描き直した。玄関=五秒、掲示板=七秒、台所=五→七→五。地図の端に小さく『残る』と書く。書いた瞬間、のれんが小さく揺れた。揺れは小さい。小さいけれど、拍子がある。拍子のある家は、壊れにくい。
分局の灯が落ちる直前、掲示板の端に無署名のメモが現れた。『一斉スピーカーで一発注意すれば、全部早い』。短絡提案。高い音程で来る。ことみは中低で『明日、読みます』とだけ言い、のれんの端を指一本だけ折って戻した。折り跡は残らない。残らない跡は、白を太くする。太い白は、短絡を受け止めて、短くする。
ことみは自分の“聴こえ”を、特技ではなく責任として受け取ることにした。能力は、呼ばれたときに行くのではなく、黙って先回りすることがある。
決意は声に出すと、少しだけ優しくなる。