推しが隣に引っ越してきまして 〜月の裏がわ〜


 ベッドに寝転がって、本を読む。
『竹取物語』
 高校の時に教科書で一部を読んで、その世界観に惹かれて自分で買って読んだ。好きな本のひとつ。
 物語は、竹取の翁が竹の中から小さな女の子を見つけることから始まる。女の子は誰もが息をのむほど美しく成長し、「かぐや姫」と呼ばれるようになる。その美しさに多くの貴族や帝までもが恋をし、姫に求婚するが、かぐや姫は誰の想いも受け入れない。月の住人であるかぐや姫は人の心、すなわち恋心を待ち合わせていなかった。
 しかし、地上で過ごす短い中で、かぐや姫は人の愛に触れ、やがて恋を知る。誰かを想う心の温かさ、隣にいるだけで満たされる不思議な幸福、それは、月の世界では決して知り得なかったものだった。
 かぐや姫は気づく。感情や恋心が存在しない完璧に見える月の世界は、強いようで実は脆い。人が悩み、愛し、涙する、不完全な地上こそ、実はずっと美しく尊い世界だと。
 やがて、かぐや姫は自分が月の世界の者であり、この世には留まれない運命であることを告げる。かぐや姫は月を見ては地上への恋慕を募らせ涙するようになった。
 八月の十五夜、一年でもっとも月が美しいと言われるその日、かぐや姫の元に月から迎えが来る。
 翁をはじめ、帝も当時の軍を率いて総力を挙げてかぐや姫を渡すまいと戦うが、月の住人には歯も立たない。かぐや姫は天の羽衣を着せられ、帝への恋心と共に感情を失い、月へ帰ってしまう。
 帝は深く悲しみ、かぐや姫から贈られた「不老不死の薬」と手紙を受け取る。しかし「かぐや姫がいない世界で永遠に生きる意味はない」として、その薬を燃やすのであった。
 かぐや姫は天の羽衣を着せられるその直前に歌を詠んだ。
「今はとて 天の羽衣着るをりぞ 君をあはれと思出でける」
 ——今まさに、月に帰るための羽衣をまとうこの時に、あなたのことを愛しく思い出しています。
 天の羽衣を着てしまえば、感情をなくしてしまうことがわかっていたかぐや姫。それでもそれを着なければならない。感情がなくなるその最後の瞬間までかぐや姫が抱いていたのは、帝への恋心だった。
 なんて切ないのだろう。
 本を閉じて、胸に抱えて天井を仰ぐ。
 キラキラ輝く世界からやってきて、やがて帰らなきゃいけないなんて、なんだか、佑月くんの状況そのまんまみたい。美しい世界からやってきた佑月くんは、かぐや姫。月の世界は、佑月くんが今いる世界。
 佑月くんは、ここを離れたら、この日々も忘れてしまうだろうか。なかったことになってしまうんだろうか。まるで、天の羽衣をまとったかぐや姫のように——。


ツー……、と頬に涙が伝う。


「忘れてほしくない……。」
佑月くん、元の世界に戻っても、忘れないで。


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