推しが隣に引っ越してきまして 〜月の裏がわ〜
「お疲れ様です」
ぺこって頭を下げる。
佑月くんがふふって笑って「お疲れ様です」って言う。

「あ、ライブ当たりました!」

「ん〜!そっか今日あたり当落発表だったんだっけ。」

19:30なのに、西の空はまだ薄ら明るい。

気だるい夏の夜の風と、日中の暑さが混在した、不思議な時間。

「そんなん言ってくれたらチケット用意したのに」

「いやいや、大丈夫です」

「そっか」
衝立越しに会話をする。不思議な感じ。

「いつ?」
「9月13日です」
「へぇ〜」
「楽しみだなぁ」
「その頃にはもうとっくに——」

もうとっくに、俺はここには居ない、って言おうとしたんだろうか。

「——凛ちゃんのこと見つけられるように頑張るね」

「はい。忘れないでくださいね」

爪先を見つめる。
佑月くんのあはは、って笑う声がする。

忘れないでくださいね。私が行く日付も、ここに居た日々も、……私のことも。

「忘れませんよ」
佑月くんがまたひょいっと顔を出して、ふわって優しい顔で微笑む。「俺、記憶力いいから」

「私のこと見つけてくださいね」
「うん」

それから頭を引っ込める。
「絶対!」私が言うと、
「絶対!」って声がした。

ガラガラ、って窓を開ける音がして、そのあと、辺りが静かになった。辺りにタバコの残り香が漂っていた。




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