愛する祖国の皆様、私のことは忘れてくださって結構です~捨てられた公爵令嬢の手記から始まる、残された者たちの末路~
11.事後処理
「ふぅ、やっと続きが読める……」
夜の会合が終わり、ベルモンドは会議室の椅子に深く腰掛ける。
すでに深夜になっており全身に疲労が溜まっていた。
(寝室に戻って読みたいが、寝てしまいそうだな)
夜食を腹に入れながら、この会議室で読むのがいいだろう。
幸い、もう会議室には護衛だけ。朝の公務にも少しだけ猶予がある。
適当な軽食にコーヒーを頼もうかというところで、ベルモンドは深刻そうな顔の文官に話しかけられた。
「陛下、申し訳ございません――」
「なんだ?」
文官が持ってきたのは、さきほどのバネッサの夜会の件であった。
一通りの事件を聞かされ、ベルモンドは唸って頭を抱える。
せっかくクロエの手記を読み進められると思ったのに。
それどころではなくなってしまった。
「……なんということだ」
「怪我を負ったほうも命に別状はないとのこと」
「ふたりとも拘束済みか?」
「はい、拘束しております。アルコールが抜けてからは落ち着きを取り戻しており、大いに反省しているのですが……」
「当然だ。酒の上の事件に過ぎない」
「両貴族に近しい者からも減刑嘆願が多数来ております。しかし――その」
「なんだ、続きを言え」
「夜会を台無しにされた王妃様は激怒していまして……なんとしても厳罰に処したいと。いかがなさいましょう……?」
バネッサの気持ちもわかる。彼女としては面子の問題もあるのだろう。
だが、ホストとして仲の悪い貴族を招いたのはバネッサだ。
しかも当事者は反省して取り巻きも減刑を嘆願している。
事件ではあるが所詮は酒の席でのこと。
お互いに親しい国のことを言い合ったのが発端というが、これしきの口論や騒動で大げさに処罰してもいられない。
「穏便にすべきだと思うがな……」
「同感です。両名に罰を下しても根本的な解決にはならず、問題を大きくするだけでしょう」
しかも明日は大事な外交会談がある。大事にしてしまえば、先方にも伝わるかもしれない。
この外交会談はエスカリーナ王国を大きく動かす一手だ。付け入る隙を与えたくはない。
それにバネッサのことだから、厳罰にという要望も怒り任せだろう。
彼女の留飲を下げるために政治をしていたら、何もかもがおかしくなる。
「……わかった。バネッサの意見は却下する方向で処理しよう。すぐに司法省の人間を集めてくれ」
手記を読むのは後回しにせざるを得ない。
だが、希望はある――クロエの残した貴族の中に、今回問題を起こした連中の情報もあった。
上手く使えば両名の遺恨を和らげる方向へと誘導できる。
(クロエ当人がいれば、もっと効率的なのだがな)
ベルモンドの頭の中に彼女のことを考える時間が多くなってきた。
救いになるかもしれない手記があるのだから、当然であるが。
バネッサでは駄目だ。遅きに失したが、それを痛感する。
「クロエなら――」
そこまで言ってベルモンドは口を閉じた。
文官が何事かと首を傾げる。
言えない。そこから先は人前で言ってはならない。
この連日の出来事でバネッサは大いに機嫌を損ねている。
エスカリーナ王国も大切であるが、彼女との関係も壊せない。
それは得策ではないが、ベルモンドの心には疑念が起こっていた。
(そもそも神経質な時期に大規模な夜会などやるからだ)
少しして司法省の役人が会議室へと入ってくる。
ベルモンドは頭痛と疲労に耐えながら、事件の処理を話し合うのだった。
◆
騒ぎを起こした貴族らは謹慎一か月になった。
喧嘩両成敗ということで両名に同じ処分を下したのだ。
これがスムーズに進んだのはクロエの手記のおかげだった。
(ふぅ、外に妾を置いているとは……まさか王家が掴んでいるとは思わなかったのだろうな)
突き飛ばされたほうの貴族に他の身内にも内緒の妾がいたのだ。
そのことを役人から匂わせると全面的に同意してくれた。
(重要なのは大事にせず、適当なところでバランスを取ることだからな)
怪我をさせた分の慰謝料などは当事者同士で決めればいい。
そこまで王家が介入する必要はない。
バネッサは大いに不服そうだったが、今が大事な時だと説得した。
国内をこれ以上荒れさせてはいけない。
結局、ベルモンドは手記を読み進める時間を作れずに次の公務――レイデフォンとの外交会談に臨むことになった。
夜の会合が終わり、ベルモンドは会議室の椅子に深く腰掛ける。
すでに深夜になっており全身に疲労が溜まっていた。
(寝室に戻って読みたいが、寝てしまいそうだな)
夜食を腹に入れながら、この会議室で読むのがいいだろう。
幸い、もう会議室には護衛だけ。朝の公務にも少しだけ猶予がある。
適当な軽食にコーヒーを頼もうかというところで、ベルモンドは深刻そうな顔の文官に話しかけられた。
「陛下、申し訳ございません――」
「なんだ?」
文官が持ってきたのは、さきほどのバネッサの夜会の件であった。
一通りの事件を聞かされ、ベルモンドは唸って頭を抱える。
せっかくクロエの手記を読み進められると思ったのに。
それどころではなくなってしまった。
「……なんということだ」
「怪我を負ったほうも命に別状はないとのこと」
「ふたりとも拘束済みか?」
「はい、拘束しております。アルコールが抜けてからは落ち着きを取り戻しており、大いに反省しているのですが……」
「当然だ。酒の上の事件に過ぎない」
「両貴族に近しい者からも減刑嘆願が多数来ております。しかし――その」
「なんだ、続きを言え」
「夜会を台無しにされた王妃様は激怒していまして……なんとしても厳罰に処したいと。いかがなさいましょう……?」
バネッサの気持ちもわかる。彼女としては面子の問題もあるのだろう。
だが、ホストとして仲の悪い貴族を招いたのはバネッサだ。
しかも当事者は反省して取り巻きも減刑を嘆願している。
事件ではあるが所詮は酒の席でのこと。
お互いに親しい国のことを言い合ったのが発端というが、これしきの口論や騒動で大げさに処罰してもいられない。
「穏便にすべきだと思うがな……」
「同感です。両名に罰を下しても根本的な解決にはならず、問題を大きくするだけでしょう」
しかも明日は大事な外交会談がある。大事にしてしまえば、先方にも伝わるかもしれない。
この外交会談はエスカリーナ王国を大きく動かす一手だ。付け入る隙を与えたくはない。
それにバネッサのことだから、厳罰にという要望も怒り任せだろう。
彼女の留飲を下げるために政治をしていたら、何もかもがおかしくなる。
「……わかった。バネッサの意見は却下する方向で処理しよう。すぐに司法省の人間を集めてくれ」
手記を読むのは後回しにせざるを得ない。
だが、希望はある――クロエの残した貴族の中に、今回問題を起こした連中の情報もあった。
上手く使えば両名の遺恨を和らげる方向へと誘導できる。
(クロエ当人がいれば、もっと効率的なのだがな)
ベルモンドの頭の中に彼女のことを考える時間が多くなってきた。
救いになるかもしれない手記があるのだから、当然であるが。
バネッサでは駄目だ。遅きに失したが、それを痛感する。
「クロエなら――」
そこまで言ってベルモンドは口を閉じた。
文官が何事かと首を傾げる。
言えない。そこから先は人前で言ってはならない。
この連日の出来事でバネッサは大いに機嫌を損ねている。
エスカリーナ王国も大切であるが、彼女との関係も壊せない。
それは得策ではないが、ベルモンドの心には疑念が起こっていた。
(そもそも神経質な時期に大規模な夜会などやるからだ)
少しして司法省の役人が会議室へと入ってくる。
ベルモンドは頭痛と疲労に耐えながら、事件の処理を話し合うのだった。
◆
騒ぎを起こした貴族らは謹慎一か月になった。
喧嘩両成敗ということで両名に同じ処分を下したのだ。
これがスムーズに進んだのはクロエの手記のおかげだった。
(ふぅ、外に妾を置いているとは……まさか王家が掴んでいるとは思わなかったのだろうな)
突き飛ばされたほうの貴族に他の身内にも内緒の妾がいたのだ。
そのことを役人から匂わせると全面的に同意してくれた。
(重要なのは大事にせず、適当なところでバランスを取ることだからな)
怪我をさせた分の慰謝料などは当事者同士で決めればいい。
そこまで王家が介入する必要はない。
バネッサは大いに不服そうだったが、今が大事な時だと説得した。
国内をこれ以上荒れさせてはいけない。
結局、ベルモンドは手記を読み進める時間を作れずに次の公務――レイデフォンとの外交会談に臨むことになった。