解けない魔法を このキスで
「副社長。すみません。やはり何度鳴らしてみてもだめなんです」

ペントハウスのドアの前で、食事を載せたワゴンを手に支配人が困ったように立ち尽くしていた。

「ベルが壊れて鳴らないとかは?」
「それはありません。かすかに鳴っている音が聞こえますから」

試しに押してみると、ドアの向こうで小さくピンポンと音がした。
だがやはりしばらく待っても一向に返事はない。

「もし具合が悪くなって倒れてたら大変ですよ」
「確かに。開けてみます」

高良はジャケットのポケットからカードキーを取り出し、ピッとドアロックを解除した。

「白石さん、入ります」

そう声をかけてからゆっくりとドアを開ける。
静かに通路を進むと、視界が大きく開けたリビングで、ドレスに針を刺している美蘭の姿があった。

「良かった……」

ホッとしたように支配人が呟き、美蘭に声をかける。

「白石さん、お食事をお持ちしました。どうぞ休憩なさってください。白石さん? え、どうしました?」

怪訝そうに支配人が近づくが、美蘭はじっと手元を見ながら手際よく作業を続けていた。

「集中する余り、周囲の音が聞こえなくなっているんでしょう」

高良がそう言うと、ええ?と支配人は驚いたように振り返る。

「そんなことありますか?」
「私も子どもの頃は、親に話しかけられても聞こえないことがよくありましたよ。もっとも私の場合、仕事ではなくゲームに夢中の時でしたが」
「それにしたって、こんなに近くにいるのに?」
「ええ。邪魔する訳にはいきません。食事を置いて退散しましょう」

まだ不思議そうに美蘭を振り返る支配人を促して、高良は部屋をあとにした。
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