【番外編/後日談集】亡国の聖女は氷帝に溺愛される
後日談⑦ ※甘々
「ローリエ様って、素敵ですよね……!」
ルーチェがそんな爆弾発言をしたのは、彼女がヴィルジールに嫁いでから、一年を迎えようとしていた頃のことである。
面と向かって他の男のことを褒められていい気分になる男などいない。流石のヴィルジールも、訝しげな視線をルーチェに向けていた。
「ルーチェは目が悪いのか?」
「……? むしろ良い方なのですが」
「だが、そうとしか思えないことを言っただろう。一度診てもらった方がいい」
ヴィルジールはコーヒーを一気に飲み干すと、使用人を呼び出すベルを鳴らした。いつもなら一度だけ振るところを、今日は三度も四度も振っている。
すぐに駆けつけたルシアンに、ヴィルジールは真顔で告げる。
「ルシアン。大至急宮廷医をここへ」
「か、かしこまりました……?」
「ヴィルジール様!」
ルーチェは立ち上がり、腰に手を当てながらヴィルジールの目の前まで来ると、ほんの少し赤らんだ頬をぷうと膨らませた。
「私はどこも悪くないのに、お医者様を呼ばないでください!」
「あのローリエが素敵に見えたのなら、目が悪くなっているに決まっている」
「決まってません! 何を言うのですか!」
ふん、とヴィルジールは鼻を鳴らす。そしてぷりぷりと怒っているルーチェに背を向けて立ち上がると、首元のタイを軽く整えて、そそくさと歩き出してしまった。
「ヴィルジール様!?」
「静かにしろ。仕事に行ってくる」
結婚以来、ヴィルジールがルーチェに一瞥もくれずに出ていくのは初めてのことで。
ダイニングにひとり残されたルーチェは、苦笑を漏らしているルシアンへと視線を移した。
「……ルシアンさん。ヴィルジールさまはどうなさってしまったのですか?」
「やきもちではないでしょうか。ハルメルス卿のことを褒められて、気分を害されたのだと思います」
「仲のいいご友人なのに?」
ルシアンはヴィルジールが去った扉を眺めながら、柔らかに微笑みながら頷いた。
「恐らく、陛下自身も分かっていらっしゃらないと思います。どうして苛立ったのか、今日一日かけてお考えになるのではないでしょうか」
「初めての嫉妬、といったところでしょうか」
いつからそこにいたのか、ルーチェの後ろに立つセルカが愉しげにそう言った。
セルカはルシアンと顔を見合わせ、それから二人はきょとんとしているルーチェに小さく微笑みかける。
ルーチェはううんと首を捻りながら、珍しくそっぽを向いていた先ほどのヴィルジールのことを思い返した。
(私はただ、自分の好きを貫くローリエ様がかっこよくて素敵だと、お伝えしたかっただけなのに)
ルーチェは小さなため息を吐いた。
もしかしてこれは、夫婦喧嘩というやつだろうか、と。
◇
ルーチェがセルカと共にダイニングルームを出ると、すぐ先の廊下ではエヴァンとローリエが立ち話をしていた。城内で何かあったのか、二人とも深刻な表情をしている。
「あ、ルーチェ様! おはようございます」
ルーチェの存在に気づいたエヴァンが、いつもの笑顔を浮かべて手を振り出した。ルーチェも軽く手を振り返し、二人の側に近寄る。
「おはようございます。エヴァン様、ローリエ様」
「ごきげんよう、ルーチェちゃん」
「何かあったのですか?」
ルーチェの問いに、ローリエは肩をすくめた。
「なんかねぇ、朝から陛下の機嫌が悪くって。アタシのことを呼びつけておきながら、アタシの顔を見るなり今すぐ別人に見えるように顔を変えてこいって言うのよ! 全く、何があったのか知らないけど、失礼しちゃうわぁ」
「それだけじゃないんですよ! 潜入捜査のために女装しろと言われたので、言われた通りに着替えたのに──私の女装姿を見て、見るに堪えないブスだって言うんです!」
エヴァンはううっと顔を覆いながら、悲しげな声を出している。
ルーチェは二人を交互に見てから、深いため息を吐いた。
「……ごめんなさい。ヴィルジール様のご機嫌が悪くなってしまったのは、私のせいなのです。なので──」
ルーチェは周囲にセルカ以外の人間が誰もいないことを確認し、密やかな声で告げる。
「──今から私がヴィルジール様のご機嫌を直してみせます。なので、おふたりはどうぞ“仕返し”をなさってください」
エヴァンはぱちくりと瞬きをした。何を言い出すのかと思えば、仕返し……?
よりにもよって、ヴィルジールのことが大好きなルーチェが、手を貸してくれると言う。
「やだぁ、何それ楽しそうっ!!」
ローリエがエヴァンとルーチェの肩を抱いて、きゃっきゃと喜び出す。
「機嫌が戻ったところを、また我々に悪くされるとなると、またまたルーチェ様に助けて頂くことになるのが申し訳ないのですが……なんて楽しそうなんでしょう!」
エヴァンは何かいいことを思いついたのか、それはそれは嬉しそうに笑いながら宙を見つめている。
ルーチェとエヴァン、ローリエの三人は、静かに立ち去ろうとしていたセルカの手を掴んで引き込むと、謎の掛け声を上げたのだった。
ルーチェがそんな爆弾発言をしたのは、彼女がヴィルジールに嫁いでから、一年を迎えようとしていた頃のことである。
面と向かって他の男のことを褒められていい気分になる男などいない。流石のヴィルジールも、訝しげな視線をルーチェに向けていた。
「ルーチェは目が悪いのか?」
「……? むしろ良い方なのですが」
「だが、そうとしか思えないことを言っただろう。一度診てもらった方がいい」
ヴィルジールはコーヒーを一気に飲み干すと、使用人を呼び出すベルを鳴らした。いつもなら一度だけ振るところを、今日は三度も四度も振っている。
すぐに駆けつけたルシアンに、ヴィルジールは真顔で告げる。
「ルシアン。大至急宮廷医をここへ」
「か、かしこまりました……?」
「ヴィルジール様!」
ルーチェは立ち上がり、腰に手を当てながらヴィルジールの目の前まで来ると、ほんの少し赤らんだ頬をぷうと膨らませた。
「私はどこも悪くないのに、お医者様を呼ばないでください!」
「あのローリエが素敵に見えたのなら、目が悪くなっているに決まっている」
「決まってません! 何を言うのですか!」
ふん、とヴィルジールは鼻を鳴らす。そしてぷりぷりと怒っているルーチェに背を向けて立ち上がると、首元のタイを軽く整えて、そそくさと歩き出してしまった。
「ヴィルジール様!?」
「静かにしろ。仕事に行ってくる」
結婚以来、ヴィルジールがルーチェに一瞥もくれずに出ていくのは初めてのことで。
ダイニングにひとり残されたルーチェは、苦笑を漏らしているルシアンへと視線を移した。
「……ルシアンさん。ヴィルジールさまはどうなさってしまったのですか?」
「やきもちではないでしょうか。ハルメルス卿のことを褒められて、気分を害されたのだと思います」
「仲のいいご友人なのに?」
ルシアンはヴィルジールが去った扉を眺めながら、柔らかに微笑みながら頷いた。
「恐らく、陛下自身も分かっていらっしゃらないと思います。どうして苛立ったのか、今日一日かけてお考えになるのではないでしょうか」
「初めての嫉妬、といったところでしょうか」
いつからそこにいたのか、ルーチェの後ろに立つセルカが愉しげにそう言った。
セルカはルシアンと顔を見合わせ、それから二人はきょとんとしているルーチェに小さく微笑みかける。
ルーチェはううんと首を捻りながら、珍しくそっぽを向いていた先ほどのヴィルジールのことを思い返した。
(私はただ、自分の好きを貫くローリエ様がかっこよくて素敵だと、お伝えしたかっただけなのに)
ルーチェは小さなため息を吐いた。
もしかしてこれは、夫婦喧嘩というやつだろうか、と。
◇
ルーチェがセルカと共にダイニングルームを出ると、すぐ先の廊下ではエヴァンとローリエが立ち話をしていた。城内で何かあったのか、二人とも深刻な表情をしている。
「あ、ルーチェ様! おはようございます」
ルーチェの存在に気づいたエヴァンが、いつもの笑顔を浮かべて手を振り出した。ルーチェも軽く手を振り返し、二人の側に近寄る。
「おはようございます。エヴァン様、ローリエ様」
「ごきげんよう、ルーチェちゃん」
「何かあったのですか?」
ルーチェの問いに、ローリエは肩をすくめた。
「なんかねぇ、朝から陛下の機嫌が悪くって。アタシのことを呼びつけておきながら、アタシの顔を見るなり今すぐ別人に見えるように顔を変えてこいって言うのよ! 全く、何があったのか知らないけど、失礼しちゃうわぁ」
「それだけじゃないんですよ! 潜入捜査のために女装しろと言われたので、言われた通りに着替えたのに──私の女装姿を見て、見るに堪えないブスだって言うんです!」
エヴァンはううっと顔を覆いながら、悲しげな声を出している。
ルーチェは二人を交互に見てから、深いため息を吐いた。
「……ごめんなさい。ヴィルジール様のご機嫌が悪くなってしまったのは、私のせいなのです。なので──」
ルーチェは周囲にセルカ以外の人間が誰もいないことを確認し、密やかな声で告げる。
「──今から私がヴィルジール様のご機嫌を直してみせます。なので、おふたりはどうぞ“仕返し”をなさってください」
エヴァンはぱちくりと瞬きをした。何を言い出すのかと思えば、仕返し……?
よりにもよって、ヴィルジールのことが大好きなルーチェが、手を貸してくれると言う。
「やだぁ、何それ楽しそうっ!!」
ローリエがエヴァンとルーチェの肩を抱いて、きゃっきゃと喜び出す。
「機嫌が戻ったところを、また我々に悪くされるとなると、またまたルーチェ様に助けて頂くことになるのが申し訳ないのですが……なんて楽しそうなんでしょう!」
エヴァンは何かいいことを思いついたのか、それはそれは嬉しそうに笑いながら宙を見つめている。
ルーチェとエヴァン、ローリエの三人は、静かに立ち去ろうとしていたセルカの手を掴んで引き込むと、謎の掛け声を上げたのだった。