【番外編/後日談集】亡国の聖女は氷帝に溺愛される
「ぶふぁあっ……!!」
ルーチェはお湯を吸い込んでしまった鼻を摘みながら、目の前のヴィルジールを睨みつける。
「何をするのですか!」
「人の風呂を覗き見しにきた罰だ」
「の、覗き見なんてしてません……!」
「堂々と来ただろう。そんな格好で」
ヴィルジールの指先がルーチェの肩を撫でる。小鳥の頭を撫でるような手つきで二の腕、肘へと下りていくと、ルーチェの手首を掴んだ。
「ヴィ、ヴィルジールさまっ……」
ヴィルジールは意地悪げな笑みを口元に飾りながら、ずぶ濡れになったルーチェを上から下まで眺める。ルーチェが勇気を出して着てきた衣装はセルカ特製であり、何のために作られたのか分からないデザインだ。
だが、意外なことに、ヴィルジールのお気に召していたらしく。
ヴィルジールはくつくつと笑って、ルーチェの頬を撫でた。
「……悪くない」
「な、何がですか!」
「そのおかしな衣装だ」
ヴィルジールは改めるようにルーチェを上から下まで眺めると、ワイングラスを傾けた。
入浴中だからなのか、お酒のせいなのかは分からないが、白い頬はほんの少し赤みを帯びている。
熱を帯びた艶やかな視線から逃れるように、ルーチェはぷいっと顔を逸らした。
「も、もう出ますからっ……!」
「出るのか」
「見ての通り、濡れてしまったので」
ルーチェはいそいそと浴槽から這い上がる。まるで夜間に迅速かつ密やかに活動している泥棒のような格好になっているが、今なら彼らの気持ちが分かるような気がした。
早く、ここから逃げなければ。ルーチェの中にある何かが、そう告げているのだ。
──だが。
「そのまま全部脱いで、一緒に風呂に入ればいい」
ルーチェの手はまたしてもヴィルジールに捕まれ、そのまま後ろに強く引かれる。今度は後ろから抱きしめられるような格好になり、ルーチェはひゅっと息を呑んだ。
「……な、何をおっしゃっているのですか」
「一緒に風呂に入らないかと提案をしたんだが」
ヴィルジールの声が耳元を掠める。いつになく甘い声に、ルーチェの耳朶は焼かれた。
「背中を流しにきたというのも、そのへんちくりんな格好で来たのも、俺の機嫌を取る為なのだろう?」
「な、ち、ちが……いま……」
「ルーチェ。本当のことを言わないと、このまま脱がせるが」
「違いませんっ……!」
ルーチェは弾かれたようにヴィルジールを振り返る。そして今度は声を失った。
吐息が掛かりそうな距離にあるヴィルジールの顔に、とても柔らかな微笑が飾られていたからだ。
「……そうか」
こつん、と。
ヴィルジールの額が、ルーチェの額と軽く合わさる。鼻と鼻が触れ合う距離に、ルーチェの胸の鼓動は加速していく。
「ルーチェ。お前は誰のものだ?」
「……誰のもの、ですか?」
必死の思いで絞り出した声は、とても震えていた。
ヴィルジールはそれを一音も逃さないとでも言うかのように、柔らかに目を細めながら唇を開ける。
「俺のものだ」
ルーチェはぎゅうっと目を瞑った。こんな至近距離でヴィルジールの顔を見つめ続けていたら──見つめられ続けていたら、おかしくなってしまいそうだったからだ。
そんなルーチェの気持ちを察したのか、ヴィルジールはルーチェから顔を動かすと、今度は頭部に右手を置いた。
「今後、俺の前で他の男は褒めるな。たとえ相手がエヴァンやアスランでもだ」
温かくて大きなヴィルジールの手が、ルーチェの頭をさわさわと優しく撫でる。顔はもう離れたというのに、心臓はますますうるさくなるばかりだ。
「破った時は──そうだな、またその格好で風呂に入れてやろう」
ルーチェはばちっと両目を開けた。
ヴィルジールは今、さらりととんでもないことを言っている。
「ヴィルジールさま、あの、それだけはっ……!」
「生憎、俺は心が狭い」
それはお前もよく知っているだろう? と、ヴィルジールはささやきのような声で、ルーチェに問いかける。
ルーチェは頬を真っ赤に染め上げながら、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。ヴィルジールさまはとっても広い心を持っていらっしゃいます。だって──」
ルーチェは笑って、ヴィルジールの耳元に唇を寄せる。そうして、ひそやかな声でヴィルジールの好きなところをいくつも挙げては褒め、しまいには「そんなあなたがこの世界で一番だいすきです」と囁くと、悪戯が成功した子供のように笑った。
「…………参った」
その時のヴィルジールの表情は、言うまでもない。
ルーチェはお湯を吸い込んでしまった鼻を摘みながら、目の前のヴィルジールを睨みつける。
「何をするのですか!」
「人の風呂を覗き見しにきた罰だ」
「の、覗き見なんてしてません……!」
「堂々と来ただろう。そんな格好で」
ヴィルジールの指先がルーチェの肩を撫でる。小鳥の頭を撫でるような手つきで二の腕、肘へと下りていくと、ルーチェの手首を掴んだ。
「ヴィ、ヴィルジールさまっ……」
ヴィルジールは意地悪げな笑みを口元に飾りながら、ずぶ濡れになったルーチェを上から下まで眺める。ルーチェが勇気を出して着てきた衣装はセルカ特製であり、何のために作られたのか分からないデザインだ。
だが、意外なことに、ヴィルジールのお気に召していたらしく。
ヴィルジールはくつくつと笑って、ルーチェの頬を撫でた。
「……悪くない」
「な、何がですか!」
「そのおかしな衣装だ」
ヴィルジールは改めるようにルーチェを上から下まで眺めると、ワイングラスを傾けた。
入浴中だからなのか、お酒のせいなのかは分からないが、白い頬はほんの少し赤みを帯びている。
熱を帯びた艶やかな視線から逃れるように、ルーチェはぷいっと顔を逸らした。
「も、もう出ますからっ……!」
「出るのか」
「見ての通り、濡れてしまったので」
ルーチェはいそいそと浴槽から這い上がる。まるで夜間に迅速かつ密やかに活動している泥棒のような格好になっているが、今なら彼らの気持ちが分かるような気がした。
早く、ここから逃げなければ。ルーチェの中にある何かが、そう告げているのだ。
──だが。
「そのまま全部脱いで、一緒に風呂に入ればいい」
ルーチェの手はまたしてもヴィルジールに捕まれ、そのまま後ろに強く引かれる。今度は後ろから抱きしめられるような格好になり、ルーチェはひゅっと息を呑んだ。
「……な、何をおっしゃっているのですか」
「一緒に風呂に入らないかと提案をしたんだが」
ヴィルジールの声が耳元を掠める。いつになく甘い声に、ルーチェの耳朶は焼かれた。
「背中を流しにきたというのも、そのへんちくりんな格好で来たのも、俺の機嫌を取る為なのだろう?」
「な、ち、ちが……いま……」
「ルーチェ。本当のことを言わないと、このまま脱がせるが」
「違いませんっ……!」
ルーチェは弾かれたようにヴィルジールを振り返る。そして今度は声を失った。
吐息が掛かりそうな距離にあるヴィルジールの顔に、とても柔らかな微笑が飾られていたからだ。
「……そうか」
こつん、と。
ヴィルジールの額が、ルーチェの額と軽く合わさる。鼻と鼻が触れ合う距離に、ルーチェの胸の鼓動は加速していく。
「ルーチェ。お前は誰のものだ?」
「……誰のもの、ですか?」
必死の思いで絞り出した声は、とても震えていた。
ヴィルジールはそれを一音も逃さないとでも言うかのように、柔らかに目を細めながら唇を開ける。
「俺のものだ」
ルーチェはぎゅうっと目を瞑った。こんな至近距離でヴィルジールの顔を見つめ続けていたら──見つめられ続けていたら、おかしくなってしまいそうだったからだ。
そんなルーチェの気持ちを察したのか、ヴィルジールはルーチェから顔を動かすと、今度は頭部に右手を置いた。
「今後、俺の前で他の男は褒めるな。たとえ相手がエヴァンやアスランでもだ」
温かくて大きなヴィルジールの手が、ルーチェの頭をさわさわと優しく撫でる。顔はもう離れたというのに、心臓はますますうるさくなるばかりだ。
「破った時は──そうだな、またその格好で風呂に入れてやろう」
ルーチェはばちっと両目を開けた。
ヴィルジールは今、さらりととんでもないことを言っている。
「ヴィルジールさま、あの、それだけはっ……!」
「生憎、俺は心が狭い」
それはお前もよく知っているだろう? と、ヴィルジールはささやきのような声で、ルーチェに問いかける。
ルーチェは頬を真っ赤に染め上げながら、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。ヴィルジールさまはとっても広い心を持っていらっしゃいます。だって──」
ルーチェは笑って、ヴィルジールの耳元に唇を寄せる。そうして、ひそやかな声でヴィルジールの好きなところをいくつも挙げては褒め、しまいには「そんなあなたがこの世界で一番だいすきです」と囁くと、悪戯が成功した子供のように笑った。
「…………参った」
その時のヴィルジールの表情は、言うまでもない。