明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

 玲子の声は震えていた。長い孤独と痛みによって育まれた劣等感が、最後の一歩を踏み出すことをためらわせていたのだ。

 将吾はその言葉に眉を寄せ、一歩近づいた。
 そして、玲子の両手を優しく包み込み、静かに首を振る。

「玲子殿……“わたくしなど”などと二度と口にするな」

 低く、けれど揺るぎない声音だった。
「お前でなければ駄目なんだ。俺が心から守りたいと思ったのは、玲子殿だけだ」

 真っ直ぐな眼差しに射抜かれ、玲子の胸は大きく揺れる。頬が熱く染まり、潤んだ瞳が将吾を映し出す。

「……将吾様……わたくしもお慕い申しております」

 淡い感情の輪郭が、やがてはっきりと「恋」という形をとって胸の内に広がっていく。

 将吾は無言でそっと手を伸ばし、玲子の頬を包み込む。
 大きくて、あたたかい手だった。これまで誰にも預けたことのない心を、たしかに託された気がした。
 ふいに、将吾の顔が近づき、玲子の視界は将吾でいっぱいになる。
 すると、唇に柔らかく温かな感触……。
 将吾の想いを受け取るように、玲子はそっと瞼を閉じた。
 感じるのは、心が蕩けるような、甘やかな熱だった。
 
「だから俺のそばにいてくれ。……これから先もずっと」

 玲子の心の奥で長く凍りついていたものが、静かに解けていくのを感じた。
 その想いに突き動かされるように、彼女は小さく、けれどはっきりと頷いた。

「……はい。わたくしも、将吾様と共に生きていきたいと思います」

 そのとき……。

 『ふふふ……ついに、ここまで来たかのう……』

 ふわりと現れたのは、一将だった。
 柱の影に腕を組んで浮かびながら、目を細め、にやけ顔で頷いていたのだった。

 
< 142 / 234 >

この作品をシェア

pagetop