明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~
 玲子は、静かにその言葉を受け止めていた。
 彼女の目もまた、濡れていたが、そこにあるのは恨みや怒りではなかった。
 ただ、赦しと、深い哀しみ。

 やがて、玲子はそっと手を重ね、膝をついたまま深く頭を下げた。

 「……ありがとうございます。お父様。わたくしも、ようやく……お父様の声を、まっすぐに聞くことができました」

 玲子が膝をついたまま、深く頭を下げる。
 その細い背に、そっと温かな手が添えられた。

 それは、将吾の手だった。
 何も言わず、ただ静かに、その肩に手を置く。
 まるで「もう大丈夫だ」と伝えるように……。あるいは、「共に在る」と告げるように。

 玲子はそのぬくもりを感じて、ゆっくりと顔を上げた。
 涙のあとが残る瞳に、微かに微笑が浮かぶ。

 隆之はそれを見て、小さくうなずくと、ゆっくりと席を立った。
 将吾もそれに倣い、玲子をそっと支えながら立ち上がる。

 そのとき――。

 障子の向こうから、一筋の風が吹き抜けた。
 誰も開けてはいないはずの窓の隙間から、白くやわらかな光が差し込む。

 ふと玲子が振り返ると、その光の中に、まるで誰かが立っているかのような影があった。
 けれど、それは一瞬のことで、すぐに月の光に溶けてゆく。

(……一将様)

 玲子は胸の中で、ずっと見守ってくれた人の名をそっと呼んだ。
 声にはならないその想いが、確かに誰かへと届いた気がして……彼女はそっと目を閉じた。
< 211 / 234 >

この作品をシェア

pagetop