明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~
 何度も読み返したはずなのに、今夜はなぜか、違った意味を持って胸に迫ってくる。最後のページに記されていた、あの一節が、筆跡の掠れた墨の中から浮かび上がるように目に飛び込んだ。

 『家は、人が守るものだ』

 読み返すたび、その言葉の重みが増していく。家とは、制度でも格式でもなく、人の誠意と覚悟で成り立つもの。玲子と出会い、彼女の生き方を見て、それをようやく実感として理解できるようになった。

 将吾はしばらくその言葉を噛み締めた後、机の上に置かれた軍帽に手を添えた。

 その指先に力を込める。

 「……明日からは、俺が守る。玲子を、家を、そして……未来を」

 月明かりが障子越しに差し込み、将吾の影を柔らかく書斎の床に落とした。

 静かに、深く。だが、確かな決意を映す影だった。

 夜も更けた頃。

 玲子がそっと廊下に出ると、ひんやりとした夜気が肌を撫でた。風が障子の隙間をすり抜け、どこかで遠く鈴虫の音が鳴いていた。

 ふと、曲がり角の向こうから足音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、ばったりと出会った。

「……玲子?」

「将吾様……」

 お互い、思わず目を見合わせたまま、静かに微笑み合った。

「……眠れなくて」

 玲子が囁くと、将吾も頷いた。

「俺もだ。明日が、待ち遠しくてな」

 並んで庭へと出た二人は、縁側に腰を下ろし、夜空を仰いだ。

 月は柔らかく冴え、庭の木々に静かな陰影を落としている。

「……明日からは、もうひとりじゃありませんね」

 玲子が、ふっと微笑んで呟いた。

 将吾は、そっと彼女の手に自分の手を重ねた。

「何があっても、君を守る。それだけは約束しよう」

 玲子は小さく頷いた。目元に浮かんだ涙を拭うふりをしながら、将吾の手を握り返す。

 その手の温もりは、未来の証のように確かだった。
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