明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~
 尚文が眉尻を下げながら、優しく語りかけた。

「そうか、おじい様が何か言っているようなら、是非、伝えて欲しい」

「そうだな、玲子殿しか、おじい様の声を聞く事が出来ないのだからな」

「はい」と、答えた玲子だったが、自分の頭の中がせわしなく、一将の言葉が入って来ない。

『じゃから、玲子殿の安全を存念しろと申してござる』
 
 一将は必死に訴えるが、いま一将の声を聞く者が居なかった。
 ラジオの周波数が合わないと、聞こえて来ないのと同じような原理なのかもしれない。

 ふと、冷たい風が吹き抜ける。

「風が冷えてきたな。そろそろ会場へ戻ろう」

 将吾が立ち上がり、尚文が玲子へと手を差し伸べた。

「玲子君、よろしければエスコートさせて」

 そんな経験など今まで一度もない玲子は、戸惑いながらもその手を取る。
 手のひらに触れるあたたかさと、どこかくすぐったいような気持ち。玲子の頬はま すます赤く染まっていく。
 こうして、玲子にとって不思議な一夜は、静かに過ぎていった。
< 33 / 234 >

この作品をシェア

pagetop