花の浄化執行人 血のリコリス 水晶の魔都編
20話
「セラ、下がって」
「いえ。私も戦います。突っ立っているわけにはいきませんから」
セラがマントを払い、右手の杖を高く掲げる。
『聖より来たれ、五つの輝き。五角の星、天神バベルの名のもとに力を示せ。我は呼ぶ。天神バベルの証し』
どこからともなく五色の光がセラの体めがけて集まってくる。そして足元で渦を巻いてオーロラのようにたなびきながら輝く。
『天の道、地の道、闇星を砕く聖なる光よ、穢れを焼き尽くせ』
詠唱が終わるとたなびくオーロラの光の渦が大きく旋回しつつ広がった。光に触れた小人たちの体が発火する。焼かれて消えてほっとするものの、突然甲高い笑い声が轟いたか。声の主の正体をセラは理解している。大魔導士カーヒルだ。
「おかしいと思ったわ。まさか人間と一緒に来ていたとはね」
カーヒルが鋭くフレイリスを見る。
「しかも魔道域とはまったく無縁な剣士じゃないの。ご苦労なことだわ。で? その剣士が四鍵錠を探し出したというわけね」
「どうしてそう思うんだ?」
フレイリスの問いにカーヒルは片方の眉をつり上げた。
「当然だろう? セラはずっと私の魔法と戦い、破れて張り付けにされていたんだから」
赤い爪指を差され、フレイリスは顔を顰めた。
「そうだった、張り付けにされてたんだった。ところで大魔導士とやら、アリューシャ姫をどこに隠してるんだい?」
「さぁね」
「あたしたちは――」
突然めまいが襲った。くらりと世界が回転する。
「あの女の目や口を正視しないでください。意識が飛びます。そういう魔法を施しているのです」
カーヒルは真紅の唇を見ると確かに気が遠くなってくる。フレイリスは右手でこめかみのあたりにやって、視線を下げた。
「ラシャリーヤを復活させるためにはアリューシャが必要なんだよ。悪いけど、渡すわけにはいかないわ。あぁ、そうだ、剣士。お前、私のもとにおいで」
「はぁ?」
「こんな世界にやってきて、平気だってことはまっとうな剣士じゃない証拠だ。私はこのラシャリーヤを復活させ、魔都と呼ばれた力を使って世界を塗り替えるつもりだ。手を貸しておくれよ。人間でもない、妖魔でもない、中途半端な半妖なんかと組まずにさ」
ちらりと目だけ動かしてセラを見ると、青い顔をしている。
「あいにく、セラの正体には興味がないんだ。あるのはたった一つ、あたしにとって有益か否か。で、引き受けた仕事にご同行願ったのはあたしのほうでね。つまり、セラは信頼に足る有益な存在なんだよ」
剣先をまっすぐカーヒルに定め、堂々と言い放った。
「ほう」
カーヒルの額に深いしわが刻まれた。一方、セラの瞳は喜色に染まっている。冷静沈着で普段あまり感情を表に出さないセラにしては珍しい。
フレイリスはセラに体を寄せ、囁いた。
「踏み込む。姫は頼んだ」
そしてセラがうなずくのも確認せず、いきなり踏み込んだ。
「愚か者め!」
叫びつつカーヒルが両手を広げた。呪文に入るのだ。その隙を衝いてセラが駆け出す。カーヒルの意識が一瞬セラに逸れた瞬間、フレイリスが斬り込んだ。
「剣が私に効くものか!」
カーヒルは防御魔法をまとった左手でフレイリスの剣を止めようとしたが、振り下ろされた一閃によって手首から下が吹き飛んだ。
「なに!?」
とめどない血が流れ、猛烈な痛みがカーヒルを苛む。
「バカな……」
構えるフレイリスの剣刃の一部がわずかに発光している。
「護符か。剣にユノーの護符を刻んでいるのか。セラの仕業だね! 剣士ごときに私は倒せないよ」
「どうかな。あんたが〝人間〟であるなら、あたしはどこまでも無敵になれる」
「はあ? なにを言ってるんだか、この剣士は」
フレイリスは首を傾げた。
(この魔導士はカイオスのことを知らない? まさか)
フレイリスの胸にカイオスのシンボルマークが揺れている。誰もがこのマークを知っている。それをもし知らないとしたら、この大魔導士はラシャリーヤ復活のために、長い時間、異空間にいたのかもしれない――そこまで考え、フレイリスは首を振って否定した。
この魔導士はセラのことをよく知っているようだった。であれば、それほど長い時間ではないはずだ。
(考えられるのは、カイオスの名が通っていない場所にいたってことだ。だけど、どうであっても、知らないというのは好都合)
一歩、一歩とフレイリスが間合いを詰める。そこから踏み込み、左から右にと振り上げる。カーヒルは高くジャンプすると宙に浮いて呪文を唱えた。
「させるかっ!」
小さなナイフを投げる。だが、見事にかわされ、代わりに頭上から閃光が襲ってきた。
フレイリスは反射的に剣身で閃光から身を守ろうとした。閃光が触れた瞬間、長剣から凄まじい音が発せられ、カーヒルの放った閃光を消滅させてしまった。
カーヒルが歯ぎしりをする。そして宙を蹴ってフレイリスに襲いかかる。猛烈なスピードの上、かざした右手に剣が握られている。接近戦に持ち込むつもりなのだ。
(魔導士のくせに剣を使うのかっ)
すかさず察してフレイリスも身構える。
『地獄の番人。嘆きて裂けよ!』
カーヒルの剣から黒い炎が舞い上がる。二つの剣が真っ向からぶつかった。
「さっきからガタガタうるさいっての!」
フレイリスが怒鳴る。重なりあった剣を弾き返し、真上から振り下ろした。カーヒルを真っ二つに裂く。しかし実際に斬りつけたのは薄皮一枚で、カーヒルの額のサークレットを砕いただけにすぎなかった。
互いに敵である互いしか見えていない。いつの間にかホール中に白い冷気が漂い始め、その温度も徐々に下がっていた。よく見れば天井や壁が薄い氷に覆われている。そんな様子に二人はまったく気がついていなかった。
ジリジリと間合いをつめる。一瞬の隙も命取りになる。二人の額に汗が滴る。カーヒルの魔法はユノーの護符の力に遮られ、フレイリスの剣士としての腕はカーヒルの防御の魔法によって届かない。
カーヒルが床を蹴ってフレイリスに飛びかかろうとした。フレイリスもそれに応じようと足を開いて踏ん張ろうとした。だがその時、ようやく異変が起こっていることに気づいた。そう。二人の足が凍りついていて、完全に動きを封じられていたのだ。
「なによ、これは!」
「神殿中が凍りついている!」
フレイリスがゴクリと生唾を飲み込む。
(伝説では氷に没したと言われているけど、セラは魔法だったような言い方だった。でも、これは完全に凍結している。氷じゃないかっ)
凍結は次第に二人の体を呑み込もうとしていた。
「いえ。私も戦います。突っ立っているわけにはいきませんから」
セラがマントを払い、右手の杖を高く掲げる。
『聖より来たれ、五つの輝き。五角の星、天神バベルの名のもとに力を示せ。我は呼ぶ。天神バベルの証し』
どこからともなく五色の光がセラの体めがけて集まってくる。そして足元で渦を巻いてオーロラのようにたなびきながら輝く。
『天の道、地の道、闇星を砕く聖なる光よ、穢れを焼き尽くせ』
詠唱が終わるとたなびくオーロラの光の渦が大きく旋回しつつ広がった。光に触れた小人たちの体が発火する。焼かれて消えてほっとするものの、突然甲高い笑い声が轟いたか。声の主の正体をセラは理解している。大魔導士カーヒルだ。
「おかしいと思ったわ。まさか人間と一緒に来ていたとはね」
カーヒルが鋭くフレイリスを見る。
「しかも魔道域とはまったく無縁な剣士じゃないの。ご苦労なことだわ。で? その剣士が四鍵錠を探し出したというわけね」
「どうしてそう思うんだ?」
フレイリスの問いにカーヒルは片方の眉をつり上げた。
「当然だろう? セラはずっと私の魔法と戦い、破れて張り付けにされていたんだから」
赤い爪指を差され、フレイリスは顔を顰めた。
「そうだった、張り付けにされてたんだった。ところで大魔導士とやら、アリューシャ姫をどこに隠してるんだい?」
「さぁね」
「あたしたちは――」
突然めまいが襲った。くらりと世界が回転する。
「あの女の目や口を正視しないでください。意識が飛びます。そういう魔法を施しているのです」
カーヒルは真紅の唇を見ると確かに気が遠くなってくる。フレイリスは右手でこめかみのあたりにやって、視線を下げた。
「ラシャリーヤを復活させるためにはアリューシャが必要なんだよ。悪いけど、渡すわけにはいかないわ。あぁ、そうだ、剣士。お前、私のもとにおいで」
「はぁ?」
「こんな世界にやってきて、平気だってことはまっとうな剣士じゃない証拠だ。私はこのラシャリーヤを復活させ、魔都と呼ばれた力を使って世界を塗り替えるつもりだ。手を貸しておくれよ。人間でもない、妖魔でもない、中途半端な半妖なんかと組まずにさ」
ちらりと目だけ動かしてセラを見ると、青い顔をしている。
「あいにく、セラの正体には興味がないんだ。あるのはたった一つ、あたしにとって有益か否か。で、引き受けた仕事にご同行願ったのはあたしのほうでね。つまり、セラは信頼に足る有益な存在なんだよ」
剣先をまっすぐカーヒルに定め、堂々と言い放った。
「ほう」
カーヒルの額に深いしわが刻まれた。一方、セラの瞳は喜色に染まっている。冷静沈着で普段あまり感情を表に出さないセラにしては珍しい。
フレイリスはセラに体を寄せ、囁いた。
「踏み込む。姫は頼んだ」
そしてセラがうなずくのも確認せず、いきなり踏み込んだ。
「愚か者め!」
叫びつつカーヒルが両手を広げた。呪文に入るのだ。その隙を衝いてセラが駆け出す。カーヒルの意識が一瞬セラに逸れた瞬間、フレイリスが斬り込んだ。
「剣が私に効くものか!」
カーヒルは防御魔法をまとった左手でフレイリスの剣を止めようとしたが、振り下ろされた一閃によって手首から下が吹き飛んだ。
「なに!?」
とめどない血が流れ、猛烈な痛みがカーヒルを苛む。
「バカな……」
構えるフレイリスの剣刃の一部がわずかに発光している。
「護符か。剣にユノーの護符を刻んでいるのか。セラの仕業だね! 剣士ごときに私は倒せないよ」
「どうかな。あんたが〝人間〟であるなら、あたしはどこまでも無敵になれる」
「はあ? なにを言ってるんだか、この剣士は」
フレイリスは首を傾げた。
(この魔導士はカイオスのことを知らない? まさか)
フレイリスの胸にカイオスのシンボルマークが揺れている。誰もがこのマークを知っている。それをもし知らないとしたら、この大魔導士はラシャリーヤ復活のために、長い時間、異空間にいたのかもしれない――そこまで考え、フレイリスは首を振って否定した。
この魔導士はセラのことをよく知っているようだった。であれば、それほど長い時間ではないはずだ。
(考えられるのは、カイオスの名が通っていない場所にいたってことだ。だけど、どうであっても、知らないというのは好都合)
一歩、一歩とフレイリスが間合いを詰める。そこから踏み込み、左から右にと振り上げる。カーヒルは高くジャンプすると宙に浮いて呪文を唱えた。
「させるかっ!」
小さなナイフを投げる。だが、見事にかわされ、代わりに頭上から閃光が襲ってきた。
フレイリスは反射的に剣身で閃光から身を守ろうとした。閃光が触れた瞬間、長剣から凄まじい音が発せられ、カーヒルの放った閃光を消滅させてしまった。
カーヒルが歯ぎしりをする。そして宙を蹴ってフレイリスに襲いかかる。猛烈なスピードの上、かざした右手に剣が握られている。接近戦に持ち込むつもりなのだ。
(魔導士のくせに剣を使うのかっ)
すかさず察してフレイリスも身構える。
『地獄の番人。嘆きて裂けよ!』
カーヒルの剣から黒い炎が舞い上がる。二つの剣が真っ向からぶつかった。
「さっきからガタガタうるさいっての!」
フレイリスが怒鳴る。重なりあった剣を弾き返し、真上から振り下ろした。カーヒルを真っ二つに裂く。しかし実際に斬りつけたのは薄皮一枚で、カーヒルの額のサークレットを砕いただけにすぎなかった。
互いに敵である互いしか見えていない。いつの間にかホール中に白い冷気が漂い始め、その温度も徐々に下がっていた。よく見れば天井や壁が薄い氷に覆われている。そんな様子に二人はまったく気がついていなかった。
ジリジリと間合いをつめる。一瞬の隙も命取りになる。二人の額に汗が滴る。カーヒルの魔法はユノーの護符の力に遮られ、フレイリスの剣士としての腕はカーヒルの防御の魔法によって届かない。
カーヒルが床を蹴ってフレイリスに飛びかかろうとした。フレイリスもそれに応じようと足を開いて踏ん張ろうとした。だがその時、ようやく異変が起こっていることに気づいた。そう。二人の足が凍りついていて、完全に動きを封じられていたのだ。
「なによ、これは!」
「神殿中が凍りついている!」
フレイリスがゴクリと生唾を飲み込む。
(伝説では氷に没したと言われているけど、セラは魔法だったような言い方だった。でも、これは完全に凍結している。氷じゃないかっ)
凍結は次第に二人の体を呑み込もうとしていた。