花の浄化執行人 血のリコリス 水晶の魔都編

3話

 三日前。

 デイモール王国が誇る雄大なデイモティール城、東西南北には高い塔が立っている。その一つ、南塔にフレイリス・カティリアはいた。

 目の前のソファにかけているのは国王であるジェシル王と側妃のアーシェ夫人、そしてアリューシャ姫の三人。背後にはフードで顔半分を隠した魔導士がたたずんでいる。

 ジェシル王は今年五十を迎える壮年で、髪には白いものが混じるが目には強い光があり、王としての迫力と貫禄を感じさせる。

 隣のアーシェ夫人は三十半ばであり、女としての熟れが人の目を引き、匂うような麗しさがあった。

 アリューシャ姫は現在十七歳で、まだ幼さの残る愛らしい顔は、暗く沈んでいる。

「話は半年前に溯ります」

 そう切り出したのはアーシェ夫人だった。

「わたくしはご覧の通り卑しい出の娘で、陛下の温情でこのような待遇をいただいておりますが、このアリューシャはデイモール一の歌姫になるだろうと言われるほどで、宮廷の多くの方々から可愛がられております。半年前、この子の成人を祝う会が催されました。その時に金髪の美しい女性がやってきて、水晶玉をアリューシャに手渡したのです。とても大きくて綺麗な水晶玉だったので、わたくしも含め、皆々様贈り物だと思いました。ところがそれを手にしたアリューシャは突然悲鳴を上げて倒れ込みました。大騒ぎの中、急いでアリューシャを下がらせたのですが、気づけばその女性の姿も水晶もなく、捜したけれど時すでに遅し、でした。意識を取り戻したアリューシャは声を失い、まったく話すことができません。あの女性がアリューシャの声を奪ったのです」

 フレイリスが少し顔を動かし、続きを促す。

「国中の魔道関係者を呼びました。女性の正体、行方、声の取り戻し方、あらゆる手を尽くして調べてもらいました。結果わかったのは、その女性が持っていた水晶玉はラシャリーヤのものではないか、ということだけでした」
「ラシャリーヤ? それって、あの?」
「はい。呪われた水晶の魔都と呼ばれた古代都市です」

 フレイリスが手を口元にやり、ふむ、と小さくつぶやく。

「氷の女神クレイシャによって氷下に沈んだ伝説の魔都、数百年に一度、銀色の望月の夜に地上に現れると言われていますが、誰も見た者はいません。その女性はアリューシャの声を使ってなにかを試みようとしていると。魔導士たちの計算では、四日後にその日が来る。銀色の望月の夜が。カイオスの浄化執行人であるあなたなら、アリューシャの声を取り返せるのではないかと思いました」

「あたしは剣士であって魔導士じゃないけど?」
「不思議な力を使うことに差はないと思います。どなたをサポートに選ばれようが自由です。わたくしどもは結果を求めており、過程は問いませんので」
「なるほどね。でもね、引き受けられない理由があるんだけど」

 いきなり否定の言葉が飛び出して、三人は驚いたような顔になった。

「コレ、本部を通さず、いきなりあたしのもとに来たろ。あたしはカイオスの剣士だ。本部の指示がないと動けない」

 するとジェシル王が目を眇めた。漆黒の瞳に不満が強く出ている。本部の命令は絶対だが、空いた時間になにをしようが自由ではないか、と言いたげだ。現にいろいろやっているだろう、と。

「けど、誰かの助っ人として出向くというなら、可能だ。王たちはとある魔導士を雇い、その魔導士が相棒にあたしを指名した、これでもいいかな?」

 今度は喜色に変わり、うなずく。

「よろしく頼む」

 王は立場も無視して頭を下げた。それに続いてアーシェ夫人とアリューシャ姫も同様に礼をする。

「一国の王に頭を下げられるって、くすぐったくて恐れ多いねぇ。ま、安心して待っているがいいよ。あなた方が雇った魔導士は、そりゃあもう素晴らしい使い手だからさ」

 フレイリスは得意げに言うとすっと立ち上がり、塔の間をあとにしたのだった。

< 3 / 25 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop