聖女王子とスパダリ女騎士 ~王女の護衛のはずが、寵愛を受けています~
 透明な結界の中に放たれた虎型の魔獣は、呼吸も荒く兵士たちを睨みつける。二メートルほどのそれは魔獣としては小型だ。背と尻尾には毒の棘があるが、解毒剤を飲めば高熱を出して寝込む程度ですむ。そうはいってもやはり刺されたくはない。苦痛も傷跡もごめんだ。

 魔獣と兵士たちがいる結界は四隅にいる魔術師によってつくられている。そう簡単に突破されることはない。
 黒髪の女騎士リーズロッテ・シャイン・レークフォードは、訓練場の兵たちに漂う緊張を見て取ったのち、斜め前の侯爵子息を見た。
 ドルシュ・ダスティス・フォスティン。魔獣討伐に駆り出されたときにはいつも後方に控えている彼が、今日だけは先頭に立ってはいる。が、新品の訓練着に整髪料で髪をびっちりと整えた姿はまったく頼りない。足の震えにいたっては武者震いではないだろう。

「リズ」
「わかっている」
 声をかけてきた隣の兵に頷く。

 ドルシュの手には余るだろう。
 リーズロッテは紫の瞳をちらりと外へ向けた。
 結界の向こう、急ごしらえの観覧席には王女殿下が座っていた。

 月光の精霊と称され、聖女の呼び声高い可憐な王女、セリスティア・フェリクス・オード・ルティス。
 彼女は自分の三つ下。二十歳を迎えた今でも少女のようなあどけなさを残し、美しい銀髪は月光を束ねたかのように結い上げられ、こめかみから垂らした(びん)の髪は水のようにきらめく。新緑のような瞳はいかなる宝玉よりも美しい。睫毛でできた影すらもはかなげな美を彩り、見る者のため息を誘う。白いドレスに繊細な銀糸の刺繍は彼女の体を優しく包み、つつましい胸を隠すとともに、清涼な艶やかさを醸し出していた。女性にしては背が高い上に病弱であることをマイナス点として挙げる者もいるが、差し引いても勝る純真無垢な美しさに求婚者が後を絶たないと言う。むしろ病弱さは崇拝者の庇護欲を誘う。さらに彼女は稀代の魔術師でもあり、補ってあまりある美点の持ち主だ。
< 1 / 27 >

この作品をシェア

pagetop