追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~

50. 紅蜘蛛の巣

「田舎の親が倒れちゃって、急遽行かなくちゃならないのよ……」

「あらら、それは大変ですね」

「そうなのよ。でもこんな直前に取りやめたら迷惑かけちゃうじゃない? 誰か切り盛りできる人を探してるんだけど……」

 すがるような視線が向けられる。

「良かったら、お願いできない?」

「へ? 私がですか!?」

 シャーロットは目を丸くした。

「カフェを開くんでしょ? この街を知るいい機会にもなるはずよ?」

 店主はニコッと微笑む。

 出店をを……出す……?

 トマトがないこの世界でオムライスを出せば、間違いなく大成功するだろう。
 店主の期待にも応えられる。

 でも――――。

(そんな悠長なことしてる場合じゃない)

 自分の使命は【黒曜の幻影(ファントム)】の捕獲。
 出店なんて出している暇は――。

 その時だった。

 シャーロットの中で、何かがチリッとスパークした――――。

(え……? ……待って)

 思考が、急速に回転し始める。

(トマト……?)

 心臓が、ドクンと大きく脈打った。

(そうよ……【黒曜の幻影(ファントム)】だって、元は万界管制局(セントラル)の職員なんだから、トマトの美味しさを知ってるはずだわ!)

 そして、この世界にはトマトがない。

 もし、ルミナリア祭でオムライスを出したら――――。

「そうよ!」

 シャーロットは弾かれたように立ち上がった。

「これだわ!」

 驚く店主の手を、両手でがっしりと掴む。

「やります! やらせてください!!」

 瞳が、希望の光でキラキラと輝いた。

(聞き込みで見つけられないなら、向こうから来てもらえばいいじゃない!)

 【黒曜の幻影(ファントム)】だって人間。街の一大イベントには顔を出すはず。
 そして、そこに懐かしいトマト料理の香りが漂っていたら?

 絶対に、絶対に我慢できずに近づいてくる!

 この世界の人には気味悪がられる真っ赤なソースも彼なら慣れ親しんだ物。きっと何の抵抗もなくすぐに食べ始めるに違いない!

 シャーロットの顔に、してやったりの笑みが浮かぶ。

 名付けて――【紅蜘蛛の巣(トマト・トラップ)】大作戦!

 トマトの香りに誘われてきた獲物を、がっちりと捕まえてやるのだ。

 シャーロットは、ぐっと拳を握りしめた。

「じゃ、じゃあ……。お願いするわね……」

 店主はシャーロットの異様な気迫に圧倒されながらも、ゆっくりと頷いた。

「はい! お任せください!!」

 シャーロットの顔に、太陽のような笑顔が咲いた。

 ついに見つけた突破口――。

 システムのことなんて全く分からない。
 でも、料理が持つ力ならよく知っている。これが私なりの、私にしかできない解決法なんだわ!

 夕日に染まるカフェで、シャーロットは希望に満ちた拳を、ぶんぶんと振り回した。

 【紅蜘蛛の巣(トマト・トラップ)】大作戦――。

 トマトを使って世界を救う前代未聞の作戦が今、始まろうとしていた。


       ◇


 ルミナリア祭当日――――。

 朝日が石畳を黄金色に染める頃から、街は祝祭の熱気に包まれていた。

 大道芸人が火を吹き、楽団が陽気な音楽を奏で、蚤の市では商人たちの威勢のいい声が響く。そして広場の一角に設けられたフードコートには、色とりどりの屋台がずらりと並んでいた。

 串焼き肉の香ばしい煙。
 から揚げの油の弾ける音。
 フルーツ串の甘い香り。
 ワッフルやホットドッグ売りの客引きの元気な声――――。

 その中に、ひときわ異彩を放つ屋台があった。

「さあ、いらっしゃい! 美味しいオムライスですよ~!」

 シャーロットは額に汗を光らせながら、フライパンを振るっていた。

 屋台の上には、わざと雑に描いた巨大な看板。真っ黄色のオムレツの上に、これでもかというほど鮮やかな真っ赤のケチャップ。トマトの味を知るものにだけ響く罠を込めて――。

 そして何より、辺り一面に漂うトマトソースの芳醇な香り。

 ジュージューと音を立てながら、シャーロットはあえて無駄に大量のトマトを炒め続ける。その香りは、まるで見えない網のように広場に広がっていく。まさに【紅蜘蛛の巣(トマト・トラップ)】だった。

『準備は大丈夫?』

 誠の声が頭に聞こえてきた。

「バッチリですよー!」

 シャーロットは自信満々に答える。

「【黒曜の幻影(ファントム)】が来たら、絶対うちに寄るんだから! ちゃんとチェックしててくださいよ!」

『それにしても、こんな作戦を思いつくなんて……』

 誠の声には、呆れと感心が入り混じっている。

「ふふっ」

 シャーロットは得意げに胸を張った。

「カフェ店主をなめちゃダメですよ? 魔王様の胃袋だって、がっちり掴んだんですから」

 ゼノさんの幸せそうな顔を思い出し、胸が温かくなる。

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