美醜逆転☆今世のスパダリ令嬢は、ツンデレ柴わんこ令息に愛を囁かれる
1 転生してもアレだった件
「アムルーナ! こんな食事で貴族の名誉が守れると思うの!?」
ガラガラガッシャ――ン!
「あら、お姉さま、ごめんなさい! 手が滑ってしまいましたわ!」
びっしゃああ――ん!
継母が食卓をひっくり返し、義妹が水差しをふりまいた瞬間、私の肌がつやっと輝く。
視界は水滴で歪み、お皿と食事が無残に広がった。
父が死んで一年。継母とその連れ子の浪費で家は傾き、今や屋敷の下働きは私だけ。
生活用の魔道具はすでに用を成さず、炊事も洗濯も全部、私。
何も言い返せない私は、この古びた屋敷ではただの厄介者で――。
……なーんてね。
前世で読んだ童話に似すぎてて、ちょっと悲劇に浸ってみちゃった。
うん。似合わない。
いや、これぐらいの不幸、人生の試練だというのなら、とうに前世でクリアしている。
そろそろ妄想で遊ぶのも飽きてきたよ。それよりこの人たち、食べ物を粗末にするなんて許せない。口の中に生ニンジンでも詰めちゃおうかな?
……なんて、つい、前世の葉月亜夢の口調が出てしまう。
いけない、いけない。
今の私は男爵令嬢、アムルーナ・ノルディエだ。品位を保たねば、お母さまとの約束を違えることになる。
そう思ったところで、義妹のキャロラインの叫び声も加わった。
「お姉さまってばセンスが酷いのよ! こんなご飯じゃ美しくなれないわ、犬のエサのほうがマシね!」
――犬のエサに謝れ。
仮にも家庭料理技能検定三級、ならびに調理師免許を持っていた私だ。
前世で愛する家族だった柴わんこに、雑なごはんを与えたことはない。
「まったく……私もすぐに次の貴族を掴まえなくてはならないのに……お前の働きが鈍いせいで新しいドレスが手に入らないのよ! 罰として食事抜きよ、いいわね!?」
――あのね、お義母さま。
そう言われることはわかっていたから、すでにつまみ食いで、お腹は充分に満たしておいたんだ。
だって栄養とれないと、病気になっちゃうし?
この世界、似た作物がけっこうあるからね。栄養士の資格を持つ私にとって、どの食材をどう摂取すれば健康を保てるか、なんて知識はすぐに出るんだよ。
ふふっと心の中で笑う。すると、二人の表情が凍り付いた。
「ちょっとお姉さま。その顔は、何……?」
「は、……顔?」
しまった。笑みが顔に出てたか――と、思いきや。
「く、その肌の艶……忌々しい! 『能力』で顔が変えられるから、社会的地位が高いって言いたいのね? でもこの子だって魔塔へ行けば……!」
継母が細い身体をよろけさせ、廊下の壁にもたれかかる。キャロラインも同様、赤毛の巻き髪を揺らし、継母の陰に隠れた。
どうやら今ので、私の肌が輝き始めてしまったらしい。
これももう、日課のように決まりごとになっている。
「あの、お義母さま。それ以上は……」
「うるさいわ! そんな可愛らしい声で話しかけるんじゃないわよ、忌々しい! ああもう、罰よ、だれか鞭を! いや、聖水でこの輝きを消してぇ!」
そうは言われても。
備品の管理も私がしてるんだから、鞭が出てくるはずもない。
――そして、彼女たちは気づいてない。
嫉妬と罵倒が、さらなる美しさを生み出していることに。
継母と義妹が騒げば騒ぐほど、私の肌は透き通るように輝き、髪は陽光を浴びたように艶を増し、瞳は夜空の星の如く輝いていく――。
「……な、なにこれ……お姉さま、前より……綺麗になってない!? これから、社交界で輝くのは私なのに……っ!」
ようやく義妹が気付いたのか、顔が青くなる。二人で小鳥のように肩を寄せ合う姿を見ていると、どっちがいじめているのかわからない。
継母たちが嘆く。――けど、もはや手遅れだった。
窓の外から差し込む光が、私の髪に反射して揺れる。まるで天から降り注ぐ神聖な輝きが、私に重なり、古い屋敷を照らし出す。
それを見た継母と義妹は、ついに「きゃああ!」と悲鳴を上げて逃げ出していったのだった。
……ふう。
また、つまらぬ美しさを重ねてしまった……。
まさか、この状態が二人のせいだなんて言えない。
だって――これは本当の母との秘密だから。
この世界の特殊なギフト……いや、実のところは神の呪いと言うべきか?
母から聞いた話によると、私はどうやら――『人々の好意もしくは悪意によって、顔の美醜が変わる力』を持っているらしい。
幼少期は実母の愛のおかげで醜かった。でも今は、継母と義妹が虐げてくるせいで、毎日、美貌を贈られている。
……でもね、いいかげん、虚しくなってきたよ。
父も母も天に召されてから一年。
美貌じゃお腹は満たされないし、家族は戻らないもの。
後妻に入った継母には父の遺言を無視され、まんまと爵位も横取りされた。この屋敷だって、私のものにはならないだろう。温かな思い出さえも奪われていく。
欲しいのは、こんな輝きじゃなかった。どんなに美しくなっても、心にぽっかりと空いた穴は埋まらない。
せめて、ルーシー――前世で家族だった柴犬の、あのぬくもりがあったなら。
「私の幸せって、どこにあるんだろう……」
ふと、埃まみれの窓ガラスに映る自分の顔を見つめる。
落ち込むなんてガラじゃないなぁって思うんだけどね。
まー、ふとしたときに、来るんだよ、この気持ち。
「ま、いいか。明日は面接だし。もう準備にとりかかるか」
求人広告で見た、【伯爵家の花嫁募集】。
明日、私は十六の成人を迎える。それと同時にこの家を出るつもりで、申し込みをしておいたんだよね。
なんでも伯爵は、もう七十歳のおじいちゃんらしいんだけど。
お金があればどんな因業ジジィでも、爵位奪還の足掛かりにはなるしね。
――ってことで、掃除は終わり。
明日からの野望に、気持ちを切り替えることにしたんだよ。
* * *
……うん、まぁ。良くある話よね。
バイトの面接に来て「話が違くね?」ってなること。
私がこの異世界に来る前は――ちょくちょくあった出来事なんだけどさ。
どこがどう違うかっていうとね。
どうも七十歳のおじいちゃん伯爵の花嫁選抜じゃあ、なかったみたいなのよ。
「花嫁募集は、表向きでな。実は、家族のことで問題を抱えておる。それにはひとまず儂の婚約者になってもらうのが良いと思ったのじゃ。でなくては、あやつも聞く耳を持たぬだろう」
「あやつ、とは?」
身を乗り出すと、おじいちゃn伯爵の目に強い光が宿った。彼は寝台の端に腰を下ろし、声を低くして語り始めた。
「実は、孫のルシエルを教育してほしいのだ」
「ほう?」
首をかしげる。
ルシエルと言えば――噂に名高い美貌の騎士じゃないか。
たまたま、となりの領地だから、キャロラインが良く騒いでいた記憶がある。
しかし、教育となると……。
「……つまりは、家庭教師でしょうか?」
その問いに、伯爵閣下は首を振る。
「うちの孫はもう十八になる。文武両道、伯爵家の跡取りとして恥ずかしくないように育てたつもりだ。が……」
目を伏せた。
「あれの父母は事故で不幸な亡くなりかたをしておってな……。そのせいか、すこぉし気鬱というか、気難しいというか……本ばかり読んでいて、外に出ようとしない。無論、社交界にも」
「ああ」
なんとなく察した。
深い悲しみのショックで、自分の殻に閉じこもってしまう人の話はよく聞く。伯爵家の後継ぎとしても、家に引きこもりでは心配なのだろう。
「それだけではない。困ったことに女嫌いなのだ。いくら見目麗しい女性を引き合わせても見向きもしない」
「はぁ……は?」
いや、それ、ご両親が亡くなったこととどう関係が?
つっこみたいのを我慢して、伯爵の次の言葉を待つ。
「だがそれも、孫のせいではない。我が家の家系能力である『魅了』が悪いのだ。この呪いのような能力は勝手に溢れ出るゆえ、どうしようもない。おかげで孫は幼いころから過剰な好意に苦しみ、今や女性を拒むようになってしまった」
「呪いって……」
思わずほんとですかと問いかけそうになり、傍にいる白髭の執事を見つめた。すると執事は、至極真面目に、「おいたわしい限りでございます」と頷く。どうやら冗談でもテストでもなさそうだと思い、もう一度閣下の言ったことを頭の中で繰り返してみた。
(つまり……私の逆バージョンってこと……?)
いや、逆とまでは言えないかもしれない。しいていえば、「似て非なる」あたりかも。
彼は生まれながらにして他人を魅了してしまう。
私は人の悪感情によって美しくなる。
それは似ているようだけど、辿る道すじが全く違ってくる。
すなわち、彼はずっとちやほやされて世間が嫌になった。
しかし、私は罵倒の中で美しくなったから多少のすっきり感はある。
出発点だけで考えれば、私のほうがひねくれても良さげなものだけど、そうはならないところが人の不思議というもので……彼は魅力的すぎるゆえに人生をこじらせてしまっているらしい。
「うーん……。話は分かりました……けど」
小さく唸る。この依頼、私には難しいかもしれない。
なぜなら、好かれすぎる人間の気持ちが分からないからだ。
共感できないなら、もちろん更生なんて無理に決まっている。他人に肯定されすぎて警戒心を抱く感覚も、自分とは縁遠い。
すぅっと息を吸う。
我が座右の銘、『身の程を知れ』の言葉にならい、ここは手を引いたほうが無難だと判断した。
「閣下。お話を聞いて心を決めました。やはりこのご依頼――私には難しいかと存じます。したがって、今回の求人は辞退させてい」
「――ああ、言い忘れておった。もし、見事にやり遂げたなら、なにか一つ望みの褒美を授けよう。金銭的な援助でも、就職の斡旋でもいい。屋敷をひとつプレゼントしてもいいぞ」
「だ、き……ま?」
急に早口になった閣下の言葉に、私も台詞を止めた。
「そうそう。令嬢はノルディエ男爵家の嫡女じゃったな。隣の領地だし、噂でも聞いたことがある。後見人に爵位を奪われ、今まで苦労をしたことだろう。だが、私が協力すれば国王に進言して……だな?」
「……う?」
「あと、結婚はムリにせずとも良い。儂の婚約者という体は、あくまでこの家に置くための処置であるからな」
「――謹んでお受けいたしますわ、閣下」
上手い話には裏がある。だが、裏があってもおつりが期待できるなら、虎穴に入るのもアリだ。
ここは前世の記憶を頼りに、腹を括るしかない。継母と義妹に奪われた爵位を取り戻し、自由を手に入れるチャンスだ。
「うむ。期待しておるよ。では孫を呼ぼう。ちなみに孫のルシエルは儂に似て男前で、素直で正直で努力家で賢い、いい子でのう」
「はぁ」
つまり、お孫ちゃんが大好きということらしい。めったなことは言えないなと、肝に銘じた。
伯爵閣下が満足げに頷き、傍のメイドに目で合図を送った。部屋の扉が静かに開く。背筋を伸ばし、次の出会いに備える。
――ほどなくして扉が開く。青みがかった銀髪の男性が入ってきた。
(うわあ……)
ため息が出てしまった。
肩まで伸びたシャギーの髪が、月光みたいにキラキラしている。整った顔に澄んだ青い瞳、形の良い唇。背が高くガッチリした体は騎士のような威圧感を放つが、繊細な色気もあって魅力的だ。能力《ギフト》の『魅了』がなくても、充分に美しい。
(たしかに美形だわ。これはちょっと厄介かも)
「紹介しよう。儂の婚約者、アムルーナだ。ゆくゆくは伴侶となるべく、ここに滞在することになった」
伯爵閣下が穏やかな声でそう告げると、ルシエルと呼ばれた青年の表情がさらに険しくなった。冷ややかな視線が向けられ、その瞳に宿る嫌悪感が部屋の空気を一瞬で凍らせる。
「薄汚いドブネズミか……。よく顔を出せたものだな」
――ドブネズミに謝ってほしい。と思いつつ口角を上げる。
だってさぁ、君、同じ環境で生きられないでしょ? 超音波で会話できないよね? ドブネズミに失礼だよ。
とは、口には出さず平静を装う。というか、今の言葉はまずい。何がまずいかって、それは。
『キラーン』
「あ」
自分の体内で、そんな音が響いた気がした。彼の容赦ない罵倒が、こちらの呪いを刺激し、またしても美しさが上昇してしまう。
静かに見つめ返すと、ルシエルが「うっ」と喉の奥で小さく唸る。少し離れた場所で、伯爵閣下がメガネをかけ直し、目を細めてこちらを見た。
「なんだ……? まさか俺と同じ家系能力か……? おい、お前――『魅了』を持っているのか?」
ルシエルの声に疑念が混じる。私は優雅に微笑み、穏やかに答えた。
「いいえ、違いますわ。けれど、あなたさまの能力のことはお聞きしました。これまで大変なご苦労をされたとか……心中お察しします」
すると彼は「チッ」と舌打ちし、がっかりしたように目を逸らした。
「――ふん、やはりただの女狐か。悪いが、俺は美しい女など吐くほど見慣れている。そんな安っぽい同情を見せて懐柔できるとは思わんことだな」
……実に屈折している。こっちは、心から家系能力に同情してるんだけど、まったく信じてはもらえなさそうだ。
そして、もちろん今のも――。
『キラーン』
「あ」
……致し方ない。美貌がまた一段と輝きを増した。ルシエルの嫌悪感が強すぎて、たったのひと言でも、反応してしまう。
「な、そんな顔で見つめても無駄だぞ。――知っている。女というのはいつもこうだ。外見を武器に、謙虚なふりをして我欲を通そうとする……お前もどうせ卑しい心で近づいたんだろう。我が伯爵家は、家門の能力ゆえに莫大な利益を得ているからな!」
彼はますます嫌悪感をあらわにし、鋭く睨んできた。その青い瞳がまるで氷の刃のように突き刺さる。
『キラキラーン』
本気度が高い。高い分、こっちの美貌増加率も高い。想定外だ、どうしよう――どうしようもないわな。
それはさておき、ここの坊っちゃん、引きこもりの割にはよくしゃべる。どれもこれも子どもの虚勢レベルだから可愛いものだけど、これだけ言葉が出るということは、閣下や屋敷の人間とはうまくいってるということなんだろう。
「ぐ……そんな顔しても無駄だぞ! なんだその無駄に輝いた瞳は! むやみに頬を紅潮させるな髪を艶めかすな! それから姿勢がいいぞ、やめろ、しとやかに息をするな! いいかげんに、」
『キラキラ、ラララーン』
「くうっ! ず、図太い女め……! 何の能力を使っているんだ? いや、その前に、なぜ俺を見て平気でいられる……?」
そこで、伯爵閣下が「お? そ、そういえば、『魅了』が効いてないか?」と口を挟む。今やっと気づいたらしい。
答えてほしそうに私を見る。面接は終わったし応じる義理はないけれど――。
「私、美形《ハンサム》に興味がありませんの」
とでも、言っておこう、今は。半分嘘だけど、半分は事実だ。
前世で男に辛酸を舐めさせられた経験から、魅力的な相手ほど身の危険を感じる防衛本能が働いてしまうのだ。ゆえに、顔がちょっといいくらいで、こちらの心が動くことはない。
「くそ、いい声してるじゃないか……尊い……って、違う! なるほど……つまり、お前は美的感覚が人とズレている、ということだな?」
ルシエルは肩で息をしながら無理やり鼻で笑い、嘲るように告げる。そのついでに、私の姿が視界に映らないよう、背を向けた。
「いいえ、人並みでございますよ。現に伯爵さまはステキではありませんか? 初対面の私にも優しくしてくださいましたし」
「ああ――そうだな。お前はあくまで爺の婚約者なのだから、身の程をわきまえろってことだな!」
「あら、わきまえるのはそちらでは? 私はこれからあなたのお祖母さまになるのですよ?」
「それも年寄りの道楽だ。どうせ長続きはすまい。――もう顔合わせは済んだ。これ以上は、俺に近づかないでもらおう。今後一切、話しかけるのも無しだ!」
あえて、返事はしない。
うん、前哨戦はこんなところだろう。
一区切りを感じたのか、彼も踵をかえす。このまま私も退出し、今後のプランを練るかなと思ったところだった。
部屋の入り口の両開きの扉がバタンと開き、向こうからメイドさんがそそくさと飛び出してくる。
すかさずよく通る声で、言い放ったのだった。
「伯爵さま、ご無礼をお許しください! 敵襲です! たった今、怪しい者たちが森の魔鈴に触れたようで――二時の方向から来ます!」
「くそ、またか!」
急に空気が変わる。一気に伯爵と、屋敷にいる全員が緊張の面持ちになった。
「む?」と首をかしげる私の横を、ルシエルが走り去っていく。
一方、私は「敵襲」の言葉に、ちょっとワクワクしてしまった。
――私ね、前世は自衛隊にいたんだよね。階級が三曹になったあたりで、事故死しちゃったんだけど。
訓練、楽しかったんだよね……。
こっちに転生してからも習慣でさぁ、基礎トレーニング、やっちゃってたんだよねぇ……。
ガラガラガッシャ――ン!
「あら、お姉さま、ごめんなさい! 手が滑ってしまいましたわ!」
びっしゃああ――ん!
継母が食卓をひっくり返し、義妹が水差しをふりまいた瞬間、私の肌がつやっと輝く。
視界は水滴で歪み、お皿と食事が無残に広がった。
父が死んで一年。継母とその連れ子の浪費で家は傾き、今や屋敷の下働きは私だけ。
生活用の魔道具はすでに用を成さず、炊事も洗濯も全部、私。
何も言い返せない私は、この古びた屋敷ではただの厄介者で――。
……なーんてね。
前世で読んだ童話に似すぎてて、ちょっと悲劇に浸ってみちゃった。
うん。似合わない。
いや、これぐらいの不幸、人生の試練だというのなら、とうに前世でクリアしている。
そろそろ妄想で遊ぶのも飽きてきたよ。それよりこの人たち、食べ物を粗末にするなんて許せない。口の中に生ニンジンでも詰めちゃおうかな?
……なんて、つい、前世の葉月亜夢の口調が出てしまう。
いけない、いけない。
今の私は男爵令嬢、アムルーナ・ノルディエだ。品位を保たねば、お母さまとの約束を違えることになる。
そう思ったところで、義妹のキャロラインの叫び声も加わった。
「お姉さまってばセンスが酷いのよ! こんなご飯じゃ美しくなれないわ、犬のエサのほうがマシね!」
――犬のエサに謝れ。
仮にも家庭料理技能検定三級、ならびに調理師免許を持っていた私だ。
前世で愛する家族だった柴わんこに、雑なごはんを与えたことはない。
「まったく……私もすぐに次の貴族を掴まえなくてはならないのに……お前の働きが鈍いせいで新しいドレスが手に入らないのよ! 罰として食事抜きよ、いいわね!?」
――あのね、お義母さま。
そう言われることはわかっていたから、すでにつまみ食いで、お腹は充分に満たしておいたんだ。
だって栄養とれないと、病気になっちゃうし?
この世界、似た作物がけっこうあるからね。栄養士の資格を持つ私にとって、どの食材をどう摂取すれば健康を保てるか、なんて知識はすぐに出るんだよ。
ふふっと心の中で笑う。すると、二人の表情が凍り付いた。
「ちょっとお姉さま。その顔は、何……?」
「は、……顔?」
しまった。笑みが顔に出てたか――と、思いきや。
「く、その肌の艶……忌々しい! 『能力』で顔が変えられるから、社会的地位が高いって言いたいのね? でもこの子だって魔塔へ行けば……!」
継母が細い身体をよろけさせ、廊下の壁にもたれかかる。キャロラインも同様、赤毛の巻き髪を揺らし、継母の陰に隠れた。
どうやら今ので、私の肌が輝き始めてしまったらしい。
これももう、日課のように決まりごとになっている。
「あの、お義母さま。それ以上は……」
「うるさいわ! そんな可愛らしい声で話しかけるんじゃないわよ、忌々しい! ああもう、罰よ、だれか鞭を! いや、聖水でこの輝きを消してぇ!」
そうは言われても。
備品の管理も私がしてるんだから、鞭が出てくるはずもない。
――そして、彼女たちは気づいてない。
嫉妬と罵倒が、さらなる美しさを生み出していることに。
継母と義妹が騒げば騒ぐほど、私の肌は透き通るように輝き、髪は陽光を浴びたように艶を増し、瞳は夜空の星の如く輝いていく――。
「……な、なにこれ……お姉さま、前より……綺麗になってない!? これから、社交界で輝くのは私なのに……っ!」
ようやく義妹が気付いたのか、顔が青くなる。二人で小鳥のように肩を寄せ合う姿を見ていると、どっちがいじめているのかわからない。
継母たちが嘆く。――けど、もはや手遅れだった。
窓の外から差し込む光が、私の髪に反射して揺れる。まるで天から降り注ぐ神聖な輝きが、私に重なり、古い屋敷を照らし出す。
それを見た継母と義妹は、ついに「きゃああ!」と悲鳴を上げて逃げ出していったのだった。
……ふう。
また、つまらぬ美しさを重ねてしまった……。
まさか、この状態が二人のせいだなんて言えない。
だって――これは本当の母との秘密だから。
この世界の特殊なギフト……いや、実のところは神の呪いと言うべきか?
母から聞いた話によると、私はどうやら――『人々の好意もしくは悪意によって、顔の美醜が変わる力』を持っているらしい。
幼少期は実母の愛のおかげで醜かった。でも今は、継母と義妹が虐げてくるせいで、毎日、美貌を贈られている。
……でもね、いいかげん、虚しくなってきたよ。
父も母も天に召されてから一年。
美貌じゃお腹は満たされないし、家族は戻らないもの。
後妻に入った継母には父の遺言を無視され、まんまと爵位も横取りされた。この屋敷だって、私のものにはならないだろう。温かな思い出さえも奪われていく。
欲しいのは、こんな輝きじゃなかった。どんなに美しくなっても、心にぽっかりと空いた穴は埋まらない。
せめて、ルーシー――前世で家族だった柴犬の、あのぬくもりがあったなら。
「私の幸せって、どこにあるんだろう……」
ふと、埃まみれの窓ガラスに映る自分の顔を見つめる。
落ち込むなんてガラじゃないなぁって思うんだけどね。
まー、ふとしたときに、来るんだよ、この気持ち。
「ま、いいか。明日は面接だし。もう準備にとりかかるか」
求人広告で見た、【伯爵家の花嫁募集】。
明日、私は十六の成人を迎える。それと同時にこの家を出るつもりで、申し込みをしておいたんだよね。
なんでも伯爵は、もう七十歳のおじいちゃんらしいんだけど。
お金があればどんな因業ジジィでも、爵位奪還の足掛かりにはなるしね。
――ってことで、掃除は終わり。
明日からの野望に、気持ちを切り替えることにしたんだよ。
* * *
……うん、まぁ。良くある話よね。
バイトの面接に来て「話が違くね?」ってなること。
私がこの異世界に来る前は――ちょくちょくあった出来事なんだけどさ。
どこがどう違うかっていうとね。
どうも七十歳のおじいちゃん伯爵の花嫁選抜じゃあ、なかったみたいなのよ。
「花嫁募集は、表向きでな。実は、家族のことで問題を抱えておる。それにはひとまず儂の婚約者になってもらうのが良いと思ったのじゃ。でなくては、あやつも聞く耳を持たぬだろう」
「あやつ、とは?」
身を乗り出すと、おじいちゃn伯爵の目に強い光が宿った。彼は寝台の端に腰を下ろし、声を低くして語り始めた。
「実は、孫のルシエルを教育してほしいのだ」
「ほう?」
首をかしげる。
ルシエルと言えば――噂に名高い美貌の騎士じゃないか。
たまたま、となりの領地だから、キャロラインが良く騒いでいた記憶がある。
しかし、教育となると……。
「……つまりは、家庭教師でしょうか?」
その問いに、伯爵閣下は首を振る。
「うちの孫はもう十八になる。文武両道、伯爵家の跡取りとして恥ずかしくないように育てたつもりだ。が……」
目を伏せた。
「あれの父母は事故で不幸な亡くなりかたをしておってな……。そのせいか、すこぉし気鬱というか、気難しいというか……本ばかり読んでいて、外に出ようとしない。無論、社交界にも」
「ああ」
なんとなく察した。
深い悲しみのショックで、自分の殻に閉じこもってしまう人の話はよく聞く。伯爵家の後継ぎとしても、家に引きこもりでは心配なのだろう。
「それだけではない。困ったことに女嫌いなのだ。いくら見目麗しい女性を引き合わせても見向きもしない」
「はぁ……は?」
いや、それ、ご両親が亡くなったこととどう関係が?
つっこみたいのを我慢して、伯爵の次の言葉を待つ。
「だがそれも、孫のせいではない。我が家の家系能力である『魅了』が悪いのだ。この呪いのような能力は勝手に溢れ出るゆえ、どうしようもない。おかげで孫は幼いころから過剰な好意に苦しみ、今や女性を拒むようになってしまった」
「呪いって……」
思わずほんとですかと問いかけそうになり、傍にいる白髭の執事を見つめた。すると執事は、至極真面目に、「おいたわしい限りでございます」と頷く。どうやら冗談でもテストでもなさそうだと思い、もう一度閣下の言ったことを頭の中で繰り返してみた。
(つまり……私の逆バージョンってこと……?)
いや、逆とまでは言えないかもしれない。しいていえば、「似て非なる」あたりかも。
彼は生まれながらにして他人を魅了してしまう。
私は人の悪感情によって美しくなる。
それは似ているようだけど、辿る道すじが全く違ってくる。
すなわち、彼はずっとちやほやされて世間が嫌になった。
しかし、私は罵倒の中で美しくなったから多少のすっきり感はある。
出発点だけで考えれば、私のほうがひねくれても良さげなものだけど、そうはならないところが人の不思議というもので……彼は魅力的すぎるゆえに人生をこじらせてしまっているらしい。
「うーん……。話は分かりました……けど」
小さく唸る。この依頼、私には難しいかもしれない。
なぜなら、好かれすぎる人間の気持ちが分からないからだ。
共感できないなら、もちろん更生なんて無理に決まっている。他人に肯定されすぎて警戒心を抱く感覚も、自分とは縁遠い。
すぅっと息を吸う。
我が座右の銘、『身の程を知れ』の言葉にならい、ここは手を引いたほうが無難だと判断した。
「閣下。お話を聞いて心を決めました。やはりこのご依頼――私には難しいかと存じます。したがって、今回の求人は辞退させてい」
「――ああ、言い忘れておった。もし、見事にやり遂げたなら、なにか一つ望みの褒美を授けよう。金銭的な援助でも、就職の斡旋でもいい。屋敷をひとつプレゼントしてもいいぞ」
「だ、き……ま?」
急に早口になった閣下の言葉に、私も台詞を止めた。
「そうそう。令嬢はノルディエ男爵家の嫡女じゃったな。隣の領地だし、噂でも聞いたことがある。後見人に爵位を奪われ、今まで苦労をしたことだろう。だが、私が協力すれば国王に進言して……だな?」
「……う?」
「あと、結婚はムリにせずとも良い。儂の婚約者という体は、あくまでこの家に置くための処置であるからな」
「――謹んでお受けいたしますわ、閣下」
上手い話には裏がある。だが、裏があってもおつりが期待できるなら、虎穴に入るのもアリだ。
ここは前世の記憶を頼りに、腹を括るしかない。継母と義妹に奪われた爵位を取り戻し、自由を手に入れるチャンスだ。
「うむ。期待しておるよ。では孫を呼ぼう。ちなみに孫のルシエルは儂に似て男前で、素直で正直で努力家で賢い、いい子でのう」
「はぁ」
つまり、お孫ちゃんが大好きということらしい。めったなことは言えないなと、肝に銘じた。
伯爵閣下が満足げに頷き、傍のメイドに目で合図を送った。部屋の扉が静かに開く。背筋を伸ばし、次の出会いに備える。
――ほどなくして扉が開く。青みがかった銀髪の男性が入ってきた。
(うわあ……)
ため息が出てしまった。
肩まで伸びたシャギーの髪が、月光みたいにキラキラしている。整った顔に澄んだ青い瞳、形の良い唇。背が高くガッチリした体は騎士のような威圧感を放つが、繊細な色気もあって魅力的だ。能力《ギフト》の『魅了』がなくても、充分に美しい。
(たしかに美形だわ。これはちょっと厄介かも)
「紹介しよう。儂の婚約者、アムルーナだ。ゆくゆくは伴侶となるべく、ここに滞在することになった」
伯爵閣下が穏やかな声でそう告げると、ルシエルと呼ばれた青年の表情がさらに険しくなった。冷ややかな視線が向けられ、その瞳に宿る嫌悪感が部屋の空気を一瞬で凍らせる。
「薄汚いドブネズミか……。よく顔を出せたものだな」
――ドブネズミに謝ってほしい。と思いつつ口角を上げる。
だってさぁ、君、同じ環境で生きられないでしょ? 超音波で会話できないよね? ドブネズミに失礼だよ。
とは、口には出さず平静を装う。というか、今の言葉はまずい。何がまずいかって、それは。
『キラーン』
「あ」
自分の体内で、そんな音が響いた気がした。彼の容赦ない罵倒が、こちらの呪いを刺激し、またしても美しさが上昇してしまう。
静かに見つめ返すと、ルシエルが「うっ」と喉の奥で小さく唸る。少し離れた場所で、伯爵閣下がメガネをかけ直し、目を細めてこちらを見た。
「なんだ……? まさか俺と同じ家系能力か……? おい、お前――『魅了』を持っているのか?」
ルシエルの声に疑念が混じる。私は優雅に微笑み、穏やかに答えた。
「いいえ、違いますわ。けれど、あなたさまの能力のことはお聞きしました。これまで大変なご苦労をされたとか……心中お察しします」
すると彼は「チッ」と舌打ちし、がっかりしたように目を逸らした。
「――ふん、やはりただの女狐か。悪いが、俺は美しい女など吐くほど見慣れている。そんな安っぽい同情を見せて懐柔できるとは思わんことだな」
……実に屈折している。こっちは、心から家系能力に同情してるんだけど、まったく信じてはもらえなさそうだ。
そして、もちろん今のも――。
『キラーン』
「あ」
……致し方ない。美貌がまた一段と輝きを増した。ルシエルの嫌悪感が強すぎて、たったのひと言でも、反応してしまう。
「な、そんな顔で見つめても無駄だぞ。――知っている。女というのはいつもこうだ。外見を武器に、謙虚なふりをして我欲を通そうとする……お前もどうせ卑しい心で近づいたんだろう。我が伯爵家は、家門の能力ゆえに莫大な利益を得ているからな!」
彼はますます嫌悪感をあらわにし、鋭く睨んできた。その青い瞳がまるで氷の刃のように突き刺さる。
『キラキラーン』
本気度が高い。高い分、こっちの美貌増加率も高い。想定外だ、どうしよう――どうしようもないわな。
それはさておき、ここの坊っちゃん、引きこもりの割にはよくしゃべる。どれもこれも子どもの虚勢レベルだから可愛いものだけど、これだけ言葉が出るということは、閣下や屋敷の人間とはうまくいってるということなんだろう。
「ぐ……そんな顔しても無駄だぞ! なんだその無駄に輝いた瞳は! むやみに頬を紅潮させるな髪を艶めかすな! それから姿勢がいいぞ、やめろ、しとやかに息をするな! いいかげんに、」
『キラキラ、ラララーン』
「くうっ! ず、図太い女め……! 何の能力を使っているんだ? いや、その前に、なぜ俺を見て平気でいられる……?」
そこで、伯爵閣下が「お? そ、そういえば、『魅了』が効いてないか?」と口を挟む。今やっと気づいたらしい。
答えてほしそうに私を見る。面接は終わったし応じる義理はないけれど――。
「私、美形《ハンサム》に興味がありませんの」
とでも、言っておこう、今は。半分嘘だけど、半分は事実だ。
前世で男に辛酸を舐めさせられた経験から、魅力的な相手ほど身の危険を感じる防衛本能が働いてしまうのだ。ゆえに、顔がちょっといいくらいで、こちらの心が動くことはない。
「くそ、いい声してるじゃないか……尊い……って、違う! なるほど……つまり、お前は美的感覚が人とズレている、ということだな?」
ルシエルは肩で息をしながら無理やり鼻で笑い、嘲るように告げる。そのついでに、私の姿が視界に映らないよう、背を向けた。
「いいえ、人並みでございますよ。現に伯爵さまはステキではありませんか? 初対面の私にも優しくしてくださいましたし」
「ああ――そうだな。お前はあくまで爺の婚約者なのだから、身の程をわきまえろってことだな!」
「あら、わきまえるのはそちらでは? 私はこれからあなたのお祖母さまになるのですよ?」
「それも年寄りの道楽だ。どうせ長続きはすまい。――もう顔合わせは済んだ。これ以上は、俺に近づかないでもらおう。今後一切、話しかけるのも無しだ!」
あえて、返事はしない。
うん、前哨戦はこんなところだろう。
一区切りを感じたのか、彼も踵をかえす。このまま私も退出し、今後のプランを練るかなと思ったところだった。
部屋の入り口の両開きの扉がバタンと開き、向こうからメイドさんがそそくさと飛び出してくる。
すかさずよく通る声で、言い放ったのだった。
「伯爵さま、ご無礼をお許しください! 敵襲です! たった今、怪しい者たちが森の魔鈴に触れたようで――二時の方向から来ます!」
「くそ、またか!」
急に空気が変わる。一気に伯爵と、屋敷にいる全員が緊張の面持ちになった。
「む?」と首をかしげる私の横を、ルシエルが走り去っていく。
一方、私は「敵襲」の言葉に、ちょっとワクワクしてしまった。
――私ね、前世は自衛隊にいたんだよね。階級が三曹になったあたりで、事故死しちゃったんだけど。
訓練、楽しかったんだよね……。
こっちに転生してからも習慣でさぁ、基礎トレーニング、やっちゃってたんだよねぇ……。