それも、初恋。。

好きな人に会えるだけで

 カナエが高校に入学してしばらく経った頃のこと。

 その日は日直の仕事があり、いつもより一本早い電車で通学していた。
 電車に乗りこんだ途端「よっ」と声をかけられ、見上げたら高校の制服を着たコウタ君だったのだ。

「考えてみれば当然よね。当時の電車は二、三十分に一本しか来なくて、車両も二両だけ。線路も上りと下りの一本ずつしかなかったから、同じ市内の高校に通っていたら同じ電車に乗る確率も高かったのよ」

 同じ中学校出身の子は、カナエの使う駅か、その一つ前の駅のどちらかを利用する。
 コウタ君は一つ前の駅から乗車してきていた。

「コウタ君、新しい学ランがよく似合っていてね。すっごくドキドキしたわぁ」

 他愛のない会話をして「じゃあね」と先にカナエが電車を降りた。
 コウタ君の高校は次の駅にあり、ホームから見送るとコウタ君は電車の中で軽く手を挙げてくれた。

 この電車に乗ればコウタ君に会える! カナエの心にぱあっと希望の光が差した。

「しかもね、その日、日直の仕事でいつもより一本遅い帰りの電車に乗ったら、またコウタ君と鉢合わせたの」

 さっそくカナエは朝と帰りの電車をその時間に変更した。
 お互いに高校の友達と一緒の時でも、コウタ君はカナエを見つけると「よっ」と手をあげてくれた。
 たった一言でも言葉を交わせた日は、一日中世界がバラ色だった。
 友達から「いい感じじゃん。付き合ってるの?」と尋ねられたときには「そんなんじゃないよー」と言いつつ舞い上がった。

 ふふっと、思い出し笑いを浮かべ、桜井さんが頬に手を当てる。
 この仕草が私は好きなのだった。
 いつか私もやってみたい。「ふふっ」って。

 自分がやっているのを想像したら、もれなく「キモっ」と引き気味の橘まで浮かぶ。

「キラキラした毎日だったわぁ。今日もコウタ君に会えるかなーってドキドキして。でもね……」
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