それも、初恋。。

生垣ポメとツワモノ担当勇者

 7月。
 早朝からジュワジュワとアブラゼミが大合唱している。
 もはやこの音は、うるさいとか、やかましいとか、そんな生易しいレベルじゃない。
 完全に国ごと侵略されている。

 今、私の半径1km圏内にどのくらいのアブラゼミが潜んでいるんだろうかと考えたら、おぞましさに背中がゾクゾクする。

 さて、ここで問題です。
 半径1km圏内のアブラゼミが一斉に私のところへ飛んで来た場合、私が助かる可能性が一番高いのはどれでしょう。

1、戦う。
2、逃げる
3、仲間をよぶ

(……たぶん4のあの川に飛び込むが正解ですな。涼も取れるし。でも汚そうだなぁ。ヘドロが髪にへばり付いて一週間くらい髪の匂いが取れなそう)

 などと、うだる暑さの中、朦朧と考えながら河川敷を自転車で進む。
 目的地はもちろん、寿老人ホームという難攻不落の城である。

「おーい、まーた髪に葉っぱついてんぞー」

 シューーーーと、無駄にかっこいい車輪音で燻しブラックのマウンテンバイクが後ろから近づいてきて隣に並んだ。

 てか、また葉っぱかーい! 

 暑さのイライラをぶちまけるように片手で頭をババッと払ったら、パラパラ5枚くらい葉っぱが落ちてきた。
 どっから飛んできた? そしてマジで私の頭は乾山か!

「わー、その動き、生垣から出てきたポメラニアンみてぇ」
「橘君、イケメンだからって言っていいことと悪いことがあるんだぞ」

「褒め言葉だろ。ポメ可愛いじゃん。つか、あっちぃし、魔物城行きたくねーし、奴らの文句エグいし」
「……橘はツワモノ担当の勇者だしねー。ツワモノたちを丸め込む橘のコミュ力の節操のなさたるや。よっ、さすがイケメン」

「お前だって、語尾にイケメンつけときゃ何言ってもいいとか思ってんだろ」
「本日のツワモノレベルは何だろねー。レベルMaxだといいねー」

 説明しよう。
 橘は最近、ケアマネ佐藤さんから「橘君はうちのスタッフより高齢者の扱いが得意ですねぇ」と感心されて、激厄介な高齢者のつなぎ担当という役職に昇格したのである。

 更に説明しよう。
 このつなぎ担当業務というのは、いたいけな女子高生をいびり倒して泣かせた意地悪おばあちゃんや、パワハラ上司並みの叱責に耐えに耐え「くそっ」と壁を殴って骨折した男子高校生が担当していた超頑固おじいちゃんなど、若者を再起不能に貶めたツワモノたちの次の担当(確実にスタッフに割り当てられる)が決まるまで、一時的に彼らの介助を担当する過酷な業務なのである。

 更に更に説明しよう。
 橘はブーブー言いつつも、そのツワモノたちをわりとあっさり手名付けちゃうのである。
 さすが勇者。
 コミュ力お化け。

 そんな勇者橘の勇ましさに、多くの女子たちがメロメロになっている。その中に橘の未来の彼女がいるとかいないとか。
「それな」
「へ?」

「マジで最近、ツワモノレベルMaxばっかなんだけど」
「……ああ、そっちね」

「そっちってどっち? つかポメはいいよなー。なんか優しそうなおばあちゃんじゃん。サクライさんだっけ?」
 むむ。どうやら橘の中で私のあだ名がポメに決まったらしい。まあ何とでも呼ぶがいい。

 高校生になったら心機一転、これまでのオモシロ泉を卒業して、おしとやか泉さんになろうと頑張っていたのに、なんだかんだボロを出してしまい、入学してたった3カ月でメッキが剥がれつつあった。
 既にいろんな人からいろんなあだ名をいただいているので、ポメでもなんでもどんとこいなのだった。

「ふっふっふ、羨ましいだろう。日ごろの行いの違いですわな」
「俺とお前の日ごろの行い、ほぼほぼ変わんねーし。つか、サクライさんってなんかこう、雰囲気いいよな。雰囲気美人?」

「え、それって……」
「おいポメ、それはエグい誤解だぞ」
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