それも、初恋。。

ピカソ美術部と花形野球部

「てなことが今朝ありまして」

 放課後の介助実習で桜井さんの部屋の掃除をしながらそんな話をしたら(もちろん橘の「それはエグい誤解だぞ」らへんはきっちり省いて)、桜井さんが「あら、うれしい」と頬を染めた。

(やっぱ雰囲気が可愛いなー)
 
 人をほんわかさせる魅力がある。
 そうなのだ。私が現在担当している桜井香苗さんは、超ラッキーにも、ステキレベルMaxのおばあちゃんだったのだ。

 運が良かったのか、それとも私が佐藤さんから戦力外とみなされたのか。
 どちらにせよ、最近介助実習がまあまあ楽しい。

 今もほら、「うふふ」と、はにかんで嬉しそうな桜井さんに、心が焼き芋みたいにホクホクしている。

(桜井さんを見てると、なんかこう、絵でも描きたくなるなー)

 桜井さんの上品な雰囲気は、私の芸術的部分を刺激する。
 何を隠そう、中学の頃、私は美術部だったのである。

 自慢じゃないが、私は小6の頃、県内強豪ミニバスクラブのレギュラー選手だった。
 だから中学校の部活もバスケ部にしようと思っていた。
 ところが私と橘の母校である春園中学は、当時1コ上の学年が荒れまくっていて、うかつに運動部に入ると指とか足とか、体の一部がなくなるらしいという噂が立っていた。
 それを耳にした私は「文化部にしーよおっ」と即座に諦めたのである。
 そうして美術部に入部届を出した後、噂は真実が2でウソが8だったと判明し、「早まったぁ~」と多大なるショックを受けたりもしたが、ゆるゆるした美術部は居心地がよかったので結果オーライだった。

 ちなみに私の絵の才能について美術部顧問の先生は「君のデッサンは、いつまで経ってもピカソのゲルニカのようですね。なぜなんでしょうか」と不思議がっていた。
 ちなみに橘は、野球部のエースだった。イケメン橘はその頃からモテていた。きゃーきゃー言われていた。
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