顔も知らない結婚相手に、ずっと溺愛されていました。
【第1話:はじめての家出と偶然出会ったあなた】
*
「──あぁ、そうだ。千代、お前の結婚相手が決まったぞ」
今日ほど誰かに、憎しみと嫌悪感を抱いたことはない。
その人が今、私の目の前にいる実の父親だというのだから、余計にこの煮えたぎる思いは留まることをしない。
「両家の顔合わせは一ヶ月後だからな」
「……」
「それから、今の勤め先は早急に辞めてきなさい。今後は良き妻になるための修行でもしたらどうだ?たとえば料理教室に通うとか、生花を習ってみるとか、なんかあるだろう」
本なんて滅多に読まないくせに、風貌だけは立派な書斎に私を呼び出したかと思えば、まさかこんな話を聞かされるなんて思ってもいなかった。
ましてや娘の結婚話を「あぁ、そうだ」などとついで話のように切り出してくるところが何より気に入らない。
「結婚まであなたに決められたくありません」
「まぁそう言うな、千代。お前の結婚相手は資産家の息子だぞ?いろんな会社を経営している息子らしくてな?アパレルにバーにカフェや古着……あとはなんだったか?とにかく手広くいろいろやってるらしいじゃないか」
「……」
「これから先、一生働く必要もなければ金に困ることもない。それに次男だから相手の家からそこまで面倒なことは言われずに済む。最高の条件だろ?」
「そんなことは言っていません。顔も知らない人と結婚なんてできない、と言っているんです」
「来月顔合わせがあるから心配ない。そんなに容姿が気になるというなら写真があるぞ?見るか?」
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