顔も知らない結婚相手に、ずっと溺愛されていました。




 父とまともな会話ができないことは、今に始まったことじゃない。

 本気なのかわざとなのか分からないけれど、父はいつだって巧妙に論点をずらして私の話に向き合おうとしない。




 思えば物心ついたときから父親のことが嫌いだった。

 一代で物流関係の会社を立ち上げ、今では大勢の従業員を抱えるまでに成長させたことを誇り、鼻にかけ、何かと自慢してくるこの人のことが世界で一番大嫌い。


 それでも自分の父親なのだからと我慢してきたけれど、中学二年の夏、父の傲慢さに耐えかねて出て行った母に、この男は一切の財産分与もせず、親権も奪い、そして離婚届を叩きつけた挙句、一度だって私は母と会わせてはもらえなかった。


 それだけじゃない。

 父は常に私に対して『理想の娘』でいるよう強制し、行動のすべてを制限してきた。



 『女はこうあるべき』という時代錯誤も甚だしい価値観で私の名前を独断で『千代』と命名し、毎日のように書道や茶道、琴などの習いごとを強制し、「つまらない子供と遊ぶな」と言って友達や周りの人間関係まで干渉してくる始末。

 私は父が付けたこの名前も、その名前のように父が思い描く「理想の娘」になってしまっている自分自身のことも──……心底、嫌いだ。





 「とにかく、私はお互いに全く知りもしない人と結婚はしませんから」

 「あぁ、相手は一つだけお前のこと気に入ったと言っていたぞ?」

 「……」

 「千代、お前のその名前が気に入った、と」

 「名前?」

 「よかったな、俺にその名前を付けてもらえて」

 「……っ」

 「話は以上だ、もう戻っていいぞ」





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