転生小説家の華麗なる円満離婚計画
 魔獣については、「知らないおじちゃんが魔獣を切り殺して、すぐどこかに行ってしまったの。とても怖かった……」と泣きそうな顔で言ったので、誰にも疑われることはなかった。 
 そうしている間に、私の手の甲にあった傷はすっかり治ってしまった。

「これ、アブラッハの……?」

「そうだよ。アブラッハの実からつくった回復薬をガーゼに沁み込ませてあるんだ。
 ほら、もう痕も残っていない」

 知識としては知っていたが、実際に回復薬の効果を体感するのは初めてで、私は傷が消えた手の甲をまじまじと観察した。

 こんなに即効性があるなんて、すごい。
 見ると、エルヴィンも同じガーゼを腕に巻かれている。
 彼の傷は私のより深いが、この薬があればきっと大丈夫だろう。

「お嬢様!」

 ちょうどそんな時、年嵩のメイドが戻ってきた。

「エルヴィン! マリアンネも!
 ごめんなさい、私が離れたせいで……」

 メイドは私たち三人を抱きしめて、おいおいと泣き始めた。

 正直、このメイドがいても魔獣に対抗できたわけでもないので、むしろ離れてくれていてよかったと思う。

「私たちは大丈夫よ。だから泣かないで」

 私がメイドを慰めるという、なんだかおかしな立場になってしまった。
 
 ともあれ、彼女も無事でなによりだ。

 私たちは騎士団の馬車で屋敷まで送られ、親切に付き添ってくれた騎士は状況説明とともに、令嬢を迎えに行くはずの馬車が遅れるなんて家政の取り仕切りが悪いのではと母に苦言まで呈してくれた。
 どうやらキルステン伯爵家よりかなり家格が高い家の出身であるらしい騎士に母はなにも言い返せず、私は少し胸がすく思いだった。

 後で聞いたところによると、迎えの馬車が来なかったのは弟が企てた嫌がらせだったらしい。
 私を困らせようと、母の宝石箱から持ち出したペンダントで馭者を買収したのだそうで、さすがの母も弟を叱り飛ばしたそうだ。
 
 母と弟はますます私に寄り付かなくなり、私の前世の記憶という曖昧で証明しようもないものよりよほど重大な秘密を抱えた私たち三人の結束はさらに強まっていった。
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